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「私は、誰ですかね?」
刹那の沈黙。
ヒナが口を開いた。
「ダレデ・スカネさん?」
「違います」
「自分の名前がわからない系?」
「おそらくは」
ヒナはなぜかにっこり笑った。
「本とかでしか見たことないんだけど…その、」
「はい」
「記憶がない系?」
「そうです!それです!」
なんとまあおめでたい会話だろう。
「はい、どうぞ」
ヒナは飲みかけのコーヒーをくれた。
飲みかけだろうと、今は嬉しい。
「ありがとうございます…」
コップを傾ける。とくとくとく、と喉に液体が…
「うっ」
これはっ…
思わずコップを口から離してしまう。
「何よ、その顔。ミルクいった?」
「ください」大人な女性、それがヒナの第一印象だった。
焚き火の周りにはヒナのものであろう、自転車とカバンがあった。ヒナは何やらカバンを探っている。
「他に人は、いないの?」
「いないことも、ないわ」
「どこに?」
ヒナは一度こちらに向き直ると、黙って上を指差した。
釣られて上を向くが、夏の空があるだけだ。
「宇宙」
「うちゅう」
咄嗟に頭の中に、広大な宇宙空間を漂う稚拙なロケットが浮かぶ。
「すごいね」からかわれているのだろうか。
ヒナはまだ何かカバンの中を探している。
「家は?」「あるよ」
「ご飯は」「困らない」
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