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 母が亡くなったのは彼女が小学生の時だったが、今の自分より20歳近く若かった。  医師は家族性のものではなく、ごく初期だから、と言ったが、彼女にはそんなことはどうでもよかった。なぜなら、母が今までずっと彼女のそばにいてくれたような気がしたからだ。  彼女に今、忍び寄っている病魔を、母が『思い出』を使って伝えてくれたようにも思えたのだ。  自分の人生は決して順風満帆ではなかったし、何より母のない子の前半生は、様々な人世の中で最も寂しいものではないか? と、母を恨んだりもした。しかし今、人生の折り返し地点を過ぎて、一人娘にも恵まれて特に何事もない日常は、考えようによっては幸せな人生と言えるのではないか、とも思う。  瑠璃子は、すでに死期を迎えた人のような感想を抱いていることがおかしくて、そんな自分のふてぶてしさや、余裕ある『ものの見方』に安心もする。 (私はまだまだ大丈夫よね、お母さん) 瑠璃子は、そう心の中で母に語りかけた。  その夜、勝彦と相談し、違う病院で診てもらう必要もないだろうということで、すぐに大学病院で入院手続きすることに決めた。  瑠璃子から病名を告げられた時の勝彦は驚くほどうろたえていたが、今後を相談するうちに落ち着いてきた。そして、「明日は会社を休むから一緒に病院へ行こう」と、言ってくれた。夏海には勝彦から連絡するから、ということで、二人はその日は早めに(やす)むことにした。 「おやすみなさい」 「おやすみ」  自然に言った後、瑠璃子は夫と就寝前の挨拶など久しくしていなかったことに気づいた。
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