雑音

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 ちりんちりんと、蝉の鳴き声にかき消されるくらいささやかに鳴る風鈴の音なんか、体感温度を一度たりとも下げてはくれない。  代謝のいい高校一年生の僕には、あの家の中ははっきり言って地獄だ。  だから僕は、この街で一番涼しい場所に行くことにした。    自転車を飛ばして十分と少し。山の合間を縫うようにして流れる編図(あみず)川。  上流の方は流れが険しいけれど、ここなら流れも緩やかで安全だ。  べたつく汗を洗い流したくて、僕は服も脱がずに川の中に寝そべった。  ひんやりとした川の水が僕の体の横をさらさらと流れていった。大小様々な石ころが背中に当たって少し痛いけれど、それに目をつぶればここは天国だ。  丁度いい大きさの岩を枕にして、熱い空を仰ぎ見た。  じわじわという蝉の声があたりに散らばっては吸い込まれていく。ゆったりと流れる雲の切れ端を眺めていると、時計の針の事なんて忘れてしまって、一体自分がどれくらいの時間そこにいるのかが分からなくなる。意識がとろとろと自然の中に溶け込んでいくような、この感覚がとても好きだった。 「あ、いた。やっほー翔太(しょうた)」  ……やっぱり来たか。僕は声がした方向に顔を向けず、答える。 「いたら悪いかよ」 「そんなこと言ってないし」  鈴の音のような軽やかな声音に似合わない勝ち気な口調。西城 美奈(みな)はいつもの通り、川べりから僕に声をかける。 「涼しい?」 「涼しいよ」 「きもちいい?」 「気持ちいいよ」 「ふーん」  ぽちゃんぽちゃんと音がした。多分、美奈が小石を拾って投げ込んでいるんだろう。構って欲しいなら素直にそう言えばいいのにな。 「美奈も入ればいいじゃん」  仕方がないから、目を開けて声をかけた。  川べりに立ってこっちを見る美奈は、相変わらずあか抜けた格好をしていた。  花柄の白いワンピースに、洒落た麦わら帽子、この辺りを歩くには少し不向きなデザインのサンダル。  どれもこんなド田舎では手に入らないような物ばかりだ。美奈の周りだけ、都会から切り取ってきたような違和感がある。
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