0人が本棚に入れています
本棚に追加
/8ページ
ちりんちりんと、蝉の鳴き声にかき消されるくらいささやかに鳴る風鈴の音なんか、体感温度を一度たりとも下げてはくれない。
代謝のいい高校一年生の僕には、あの家の中ははっきり言って地獄だ。
だから僕は、この街で一番涼しい場所に行くことにした。
自転車を飛ばして十分と少し。山の合間を縫うようにして流れる編図(あみず)川。
上流の方は流れが険しいけれど、ここなら流れも緩やかで安全だ。
べたつく汗を洗い流したくて、僕は服も脱がずに川の中に寝そべった。
ひんやりとした川の水が僕の体の横をさらさらと流れていった。大小様々な石ころが背中に当たって少し痛いけれど、それに目をつぶればここは天国だ。
丁度いい大きさの岩を枕にして、熱い空を仰ぎ見た。
じわじわという蝉の声があたりに散らばっては吸い込まれていく。ゆったりと流れる雲の切れ端を眺めていると、時計の針の事なんて忘れてしまって、一体自分がどれくらいの時間そこにいるのかが分からなくなる。意識がとろとろと自然の中に溶け込んでいくような、この感覚がとても好きだった。
「あ、いた。やっほー翔太」
……やっぱり来たか。僕は声がした方向に顔を向けず、答える。
「いたら悪いかよ」
「そんなこと言ってないし」
鈴の音のような軽やかな声音に似合わない勝ち気な口調。西城 美奈(みな)はいつもの通り、川べりから僕に声をかける。
「涼しい?」
「涼しいよ」
「きもちいい?」
「気持ちいいよ」
「ふーん」
ぽちゃんぽちゃんと音がした。多分、美奈が小石を拾って投げ込んでいるんだろう。構って欲しいなら素直にそう言えばいいのにな。
「美奈も入ればいいじゃん」
仕方がないから、目を開けて声をかけた。
川べりに立ってこっちを見る美奈は、相変わらずあか抜けた格好をしていた。
花柄の白いワンピースに、洒落た麦わら帽子、この辺りを歩くには少し不向きなデザインのサンダル。
どれもこんなド田舎では手に入らないような物ばかりだ。美奈の周りだけ、都会から切り取ってきたような違和感がある。
最初のコメントを投稿しよう!