雑音

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「無理。お洋服汚れちゃうから」 「あ、そ」  美奈がそう言うのは分かっていたので、僕は特に何も思わず川の中で背伸びをした。  美奈がこの街に越してきたのは三年前、中学一年生の時だ。  両親が離婚し、美奈は父親の方に引き取られた。疲弊した美奈の父親は色々な人間関係をリセットするため、住んでいた都心を離れ、実家のあるこの片田舎に戻ってきたらしい。  ネット環境さえあれば仕事はどうにかなるようで、美奈の父親はほとんど外に出てくることはない。寄合や近所の集まりにも、ほとんど顔を出さない。  当然、住民たちの印象は良くない。コミュニティの小さなこんな街じゃ、よくない噂や評判が広まるのは一瞬だ。  どんな仕事をしているのかは知らないが、元々あった家を小洒落たデザイナーズハウスにリフォームしてしまったのも良くなかった。  都心ならまだしも、昔ながらの日本家屋が立ち並ぶこの街に、真っ白で奇妙な形をした家はどう考えても浮いていた。  そんなこんなで、西城家は完全に「よそ者」として扱われ、父親にも、その娘である美奈にも、極力関わらないようにという暗黙の了解ができつつあった。 「暑いねー」 「夏だからな」 「もっと気の利いた返しはないの?」 「じゃぁ、もっと気の利いた話題を提供してくれよ」  美奈の家にエアコンがついているのを僕は知っていた。このうだるような暑さの中、快適な家の中からわざわざ出てこなくてもいいのに。  と同時に、家の中がそんなに快適じゃないのかなとも思う。  父親とはあまりうまくいっていないようだし、祖父母の話は聞いたことすらない。いくらエアコンがついていて涼しかったとしても、逃げ出したいくらい居心地の悪い家。果たしてどんな空気が漂っているのか、僕には想像できない。 「不憫なやつ」 「……? なんか言った?」 「なんでもないよ」  僕の返答が気に入らなかったのか、美奈は眉を顰め、形の良い唇を尖らせていた。  本当に、整った顔をしている。液体みたいに滑らかな髪が風と泳ぐ(さま)は、息を止めて見つめてしまうくらいに美しかった。
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