5月17日その2

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5月17日その2

   後ろから強い力で押され、倒れそうになりながらも連れてこられたのは、階段を2階ほど上った所の部屋だった。  角部屋にあたるそこへ容赦なく投げ込まれ、床に倒れ込む。痛さに涙目になって這いつくばっていると、ローズも連れてこられていた。  彼女の後ろ手に縛っているロープは長めになっていて、壁際に出ているフックのような所へロープを繋ぎ止められる。腕を吊されながら座り込むような格好…これから凌辱が始まりますよと言われているようなものだ。  部屋の中には私たちを連れてきた男達3人の他に、4人ほどの男がいる。奥に座っていた明らかに一番偉そうな男が、下を向いて啜り泣くローズの元へと歩み寄った。 「顔見せてみろよ」  優しく顎を指で上げさせた男は、ローズの顔を見て気色悪い笑顔を浮かべた。 「なんだ、ラミエルにしては珍しいな…顔が好みだったのかぁ?」  その言葉に、周りの男達から笑いが漏れた。どう見ても私はただの巻き込まれだ…手違いなら帰して欲しいんですけど…そうは思っても、この状況で言えるはずも無い。  小さくため息をついた時だった、視線を感じて再び顔を上げる。這いつくばっているから、そこまで上げられはしなかったけど、泣いているローズとはしっかりと目があった。 「ユノさん…助けて…!」  散々人にマウントとっておきながら、ここで私に振るんですか…もしかして、男達の視線を逸らすために私の名前を呼んだ感じですか…それならば彼女の思惑通りだ。  部屋中に居る男達の視線が、這いつくばっている私へと集中する。その視線がなんと粘っこいことか…一気に体中から冷や汗が噴き出した。 「なんだこの女」  ただのモブですから気にしないで下さい…とっさに顔を下げ床に擦りつけてみたけど、男の関心は完全に私だ。  大きな足音をたてながらこっちへと歩み寄ってきたと思ったら、腹部に衝撃が走る。 「う゛…っ!」  胃の中の物が出てしまいそうな衝撃…今の時間まで何も食べていなかったから、何も出なかったんだけど。体を上に向かされ、咳き込む私のことを男が覗き込む。  涙目になりながら目をあければ、濁った目と視線が合った。常人とは思えないそれに、鳥肌が止まらない。 「おい、なんなんだ、この女は」 「はい、目標の女と一緒に居まして…」 「巻き込まれたのか…かわいそうになぁ…」  ニタニタ笑いながら私の体をなめ回すようにみてくる視線が気色悪い。その体なら十分に可愛がってもらえるって言われ、今後私がどうなるのかなんて簡単に予想がつく。巻き込まれた末に売られるなんて…冗談じゃ無い…! 「この女を上に連れて行け」  荒っぽくそう言うと、近くに居た男が私のことを引っ張り上げた。予想以上に腹部への一撃が重かったのか、体は重く動かしにくい。  逃げ出すタイミングなんて無く、私は更に上の階の一部屋へと投げ込まれてしまった。  部屋は長い間使われていなかったのか、埃っぽく、何も無い。灯りの類いさえもなくて、破れたカーテン越しに入ってくる、外からの光だけが頼りだった。  鍵のかかる音がして、完全に詰んだことだけは理解できた。  畜生…なんで私がこんな目に…扱いも違いすぎじゃ無い…?!私はまるで荷物みたいな扱いのせいで、所々から血が滲んでいるのに、ローズなんて怪我1つしてなかった…!  悔しさに潤む視界に舌打ちをする。めそめそ泣いてる場合じゃ無い。まずは、状況をしっかりと確認するところから始めよう。  5月にあるイベントと言えば、イヴァンのイベントだ。  何番目の王子だったか忘れたけど、ラミのことを邪魔だと思っている王子が居て、その配下にいる貴族だったかが、ラミが大事にしている女を使って陥れようとした。その女がローズだった。イヴァンと一緒にデートを楽しんで、先に店の外へ出た時に攫われるってシナリオ。  その後、ローズが攫われたことを知ったイヴァンが助けに来てくれるんだけど…ローズは助かっても、私が助かるとは限らない。  今の時間だと、ローズは凌辱されてるだろうから…少しぐらいなら物音たてても気付かれないかな。  まずは起き上がり、部屋の中の物色を始める。やっぱり何も置いて無くて…窓の外へでるのも難しそうだ。なによりここ3階だし、ここから飛び降りたら無事ではないだろう…足の骨を折るぐらいなら良いところだよね…。  それじゃあこの部屋唯一の扉はどうだろうか。耳をあててみても物音1つしない。チャンスなのでは…?!そう思って、全力の力で扉に向かって体当たりをかましてみる。  全身が痛くって、涙がでそうだけど…そんなこと言ってる場合じゃ無い。数回体当たりをチャレンジするもびくともしなかった。蹴り破ったりしてる扉はフィクションの中だけなんだろうか…。  もうちょっと助走をつけてチャレンジしてみようと扉から離れた時、向こうから勝手に開いた。 「うるせぇぞ!クソ女!」  わぁ…見張り、いたんだー…。ずんずんと部屋に入ってきて、驚く私の目の前に立った男は、強く私の胸辺りを押して突き飛ばす。身構えもしなかったために、背中から強く床へと倒れ込んだ。大きな音をたてながら扉は閉まり、再び訪れる静寂。 「なんなのよぉ…!」  やばい、涙でてきた…。痛さに動けず丸くなった私は、声を殺すようにして泣いてしまった。  ◆  いつの間にか眠ってしまっていた。  目を開けると、空は暗くなっている。あれからどれぐらい経ったのかは分からない。  痛む体を起こして窓の外を覗き込んで見るが、市街地側に設置されていないために他の建物の灯りはほとんど確認できない。  このままどうなってしまうのか…ぼんやりと考えていたんだけど、下の階から大きな音がして、肩を震わした。  続いて怒声、それから激しい物音。これは…イヴァンが助けに来た…?この騒ぎに乗じて逃げるしか無いのでは…?!  センチメンタルなんて一瞬に過ぎ去った私が、扉の方へ駆け出そうとした時、向こうからも大きな足音が響き渡ってきた。  まさかイヴァンがローズを差し置いて、私を助けにくるはずがない。逃げなくちゃ…!体を反転させ窓の方へ駆け寄ったけれど、扉は無情にも開かれた。 「オマエだけでもこい!」  ドスの効いた声で叫ばれ、首根っこを掴まれる。 「嫌…!嫌だ!!!」  連れて行かれてたまるか…!必死になって身をよじれば、一番上のボタンが弾け飛んでしまった。それでも強く引かれ、簡素な私の服がその扱いに耐えられるはずもなく、2、3個同じように弾け飛ぶ。  あまりにも暴れる私に、男が舌打ちをすると、体を回転させられた。ギラつく目をした男は、そのまま私の顔を殴りつけてきた。目の前で星が飛ぶってこう言うことなのか…真っ白になった視界だったけど、意識が飛ぶまでにはいかなかったようで、次に視界が晴れた時には、男が私の上に馬乗りになっていた。 「そんなに嫌なら、ここで殺してやるよ!」  首に両手を掛けられ、強い力で締め上げられる。殺されてたまるかって思うけど両腕を縛られているせいで、せいぜい足をばたつかせる程度。抵抗なんか出来なかった。  苦しい…こんなところで死ぬなんて嫌だ…!浮かんだのは、田舎の家族と、リアムの姿だった。私が死んで、あの人は悲しんでくれるのかな…ちょっとでも気に掛けてくれたら嬉しいな…  薄れ始めた意識の中、このまま死ぬのか…そう思っていた時、急に喉の圧迫が無くなり息が出来た。 「ごほ…!げほ…!!」  必死に息をしながら起き上がれば、私の足下に男がひっくり返っていた。男に乗られていた足を慌てて引き抜く。よく見れば、眉間辺りにナイフが突き刺さっていて、絶命していた。 「大丈夫か、アンタ」  背後から声を掛けられて、異常なまでに驚きながら振り返る。すると、窓枠に男が一人、座っていた。  顔が分からないように頭には布が巻かれていて、襟は鼻先まで隠れている。露出しているのは目のみなんだけど…私にはその人に見覚えがあった。  だけど、私が声を出すよりも先に、再び廊下から足音が響く。窓枠に座っていた男は、小さくため息を吐くと立ち上がり、室内へと入ってくる。それと同時に、部屋には私たちを攫った男が入ってきた。 「誰だテメェ?!」  誘拐犯は、威嚇しながら男目掛けて拳を振るうけど、軽々と避けられてしまう。何度も殴りかかろうとするのに、一発も当たらず…ずっとかわし続けていた男が、隙を見て蹴りを繰り出すと、見事腹へと直撃した。  結構重そうな体なのに、誘拐犯は軽々と飛び廊下まで出て行く。その後を無言で男は追っていって、ザクっと言う音がした。  私を襲ったやつと同じようにナイフでも刺したんだろう…なにも殺さなくても、とは思わなかった。中途半端に痛めつけて巣に戻らせたら、大量の仲間と共に報復されるかもしれない。 「こんなもんか。早く逃げな」 「ぁ…えっと…有り難うございます…!」  足音も無く部屋に戻ってきた男は、ぶっきらぼうに告げてきた。さっきは逆光気味で見えなかった顔も、今は月の灯りに照られてよく分かる。と言っても出てるのは目だけなんだけど。  深い緑の瞳は、私の姿を見て少し驚いたように見開かれていた。その目、やっぱり見覚えがある…ついでに言うと、この声もかなり聞き覚えがある。  雰囲気は全く違うけど…私が推しを間違えるはずない。 「リアム、さん…?」 「………」 「リアムさんですよね?」 「違う」 「絶対そうですよ、その目、その声…!間違いないです!」 「誰だよ、リアムって」 「リアムさんですよ!学園の売店の…!」 「人違いだろ」 「違くないです!私がどんだけ好きだと思ってるんですか?!それぐらいの変装すぐ分かります!」 「は…?」 「馬鹿にしないで下さい!!」 「えっと…?」 「最推しなんだから、なんでもお見通しです!大好きなんですからね?!」  興奮して捲し立てる私の前で、男…リアムらしき人は、呆然としていた。フーっと猫みたいに息を荒立てて言った甲斐はあり、彼は頭に巻いていた布を取り除いてくれて、くすんだ銀髪が現れる。  見慣れたリアムの姿に、少しだけほっとした。  いつもみたいに優しい微笑みを浮かべて、私の所まで歩み寄ってきたリアムは、頭に巻いていた布を私の肩にかけてくれる。そういえば、胸丸出しだったんだ…今更ながらに恥ずかしさがこみ上げてきて、もぞもぞと動く。 「意外です。ユノさん、そんなに私のことを好いていて下さったんですねぇ」 「え…」 「この姿の私も見破れるぐらい、私のこと、大好きなんでしょう?」 「ひぇ…!」  やっちまった-!!!!!  マジか、興奮しすぎて思わず本心ぶちまけてしまった…!!!  学園では一度も見たことの無い意地悪そうな顔で、リアムは笑っていた。
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