5月18日

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5月18日

   明けない夜はないよね。そう、朝はやってくる、平等に。  昨晩、深夜にまで渡る誘拐事件に巻き込まれた私にも、いつも通りの朝はやってくる。  さすがに今日は休んでも…とも思ったけど、一年しかない授業を休むのは気が引ける。私がラミとかリーンハルトクラスに頭良ければ良かったのになぁ…。  ベッドから起き上がると、身支度へと向かう。体はいつも通りに動いてくれている。リアムが塗ってくれた薬のお陰だろう。痛みが残っていなくて本当に良かった。  部屋を出ると、太陽が少しだけ高い位置に居た。いつもより遅く出ただけなのに、少しだけ不思議な景色だった。  傷の手当てが終わった後、リアムは寮の部屋まで送り届けてくれた。その時、明日は一日臨時休業になるから朝はゆっくり眠るようにと言われた。  理由を聞いても詳しくは教えてくれず、本業の方でね、と曖昧に誤魔化されてしまったけど…間違いなく、巻き込まれた誘拐事件に関してのことなんだろうなぁ。  彼が何の仕事をしているのかまでは分からないが、暗い仕事って言っていたからには表立って動けないような何かなんだろう。  少なくとも、イヴァンとは顔見知りっぽい話し方をしていたし…騎士の関係者、とかなのかなぁ… 「それよりも、今日一日リアムさんに会えないとか辛すぎぃー…」 「独り言がでっけーなぁ、オマエ」 「ひっ?!」  突然背後から聞こえた声に、驚いて振り返る。そこには、だるそうなイヴァンと朝から爽やかなラミが立っていた。 「ぁ…イヴァン、ラミ、おはようございます…」 「おはよう、ユノ。寝不足かい?顔色が良くないみたいだけど…」  私を真ん中に挟むように自然と位置取りをしてきた二人。立ち止まっていた私の腰に、さり気なくラミの手が回ってきたせいで、流されるようにヒロインポジションのまま私もご一緒するしかない。  ラミに顔を覗き込まれ、頬を包み込まれるように手をあてられ、親指の腹で目の下を擦られた。  いつもより睡眠時間は少ないので、隈が出来ているのかもしれない、んだけ、ど…え、な、何?何がおこってるの…?? 「え~?そうかぁ?ちょっと見してみ」  今度は反対側のイヴァンから腕が伸びてくる。ラミから奪い取るように、顎の下を人差し指でクイっと引っ張られ、首ごとイヴァンの方へと向けられた。普段だるそうに閉じられている半目をしっかりと開けてこちらを見つめている。  驚きのあまり固まってしまった私の顔から始まり、体全身へと向けられる視線。その間ずっと顎を離してもらえず…って本当になんなの?! 「ちょっと…」 「こら、イヴァン。ユノが困ってる」  さすがにもうやめてと言うよりも先に、ラミがイヴァンを制止した。その際にも、そっと私の肩を抱き寄せてくるのも忘れない。王子様って本当にすごい。  しっかし、なんでこの二人今日はやたらと私に構ってくるんだろう。ローズは休みなのかな…?ゲームだと次の日普通に学園に行っていた気がするけど…。  本番までいかなくても散々玩具を突っ込まれて、好きでもない男のを口で咥える凌辱を受けた後に、イヴァンとの消毒セックスだから…体力持たなかったのかな。  珍しく対象キャラの近くに居ないローズのことを心配した矢先、背後から聞き覚えのある甲高い声が響いた。 「ラミとイヴァンじゃない、おはよう!」 「チ…ッ、ああ、おはようローズ」 「よっす」  え…?今、私の真後ろから舌打ちが聞こえたんだけど…気のせい…?気のせいだよね…?  恐ろしくてとても確認なんて出来やしない。それに、さっきまで掴んでいた肩はいつの間にか離されていて…いつも通りの距離感に戻っている。  これは…ローズには、バレたくないんだろうか…私も変に誤解されるのはめんどくさい。  さっきまでのやりとりは黙っておこう。 「二人とも居ないから探してしまったわ…あら?」 「おはようございます」 「ええ、おはよう」  長身の二人の間に隠れて見えなかったんだろう、近づくにつれて現れた私に、ローズは分かりやすく表情を固まらせた。  先手必勝…!貴女の恋人を横取りしようとか考えていませんよぉ~~って気持ちを込め笑顔で挨拶すると、彼女もにこっと微笑み返してくれたけど…絶対に怒っている、そう確信できる。 「偶然そこで会ってね。授業も始まるし、急ごうか」  私の傍から離れると、ラミはローズの腰へ腕を回す。納得がいかなそうだが、ラミが自分の方へ来たことに満足したようで、ローズも彼へ擦り寄ると大人しく言うことを聞いてくれた。先に歩き出した二人に、いつの間にか詰めてしまっていた息を吐き出す。 「…悪い」 「…?何が?」 「いや…オマエさ、昨日の夜、どこいた?」 「…え…」 「辛い思いとか、してないか…?」  真剣に見つめられ、どう答えれば良いのかためらってしまう。リアムには、昨晩のことを誰かに言うなとは言われなかった。  街の警備も騎士の仕事でもあるし…騎士であるイヴァンに真相を聞かれたら、答えても良いのかもしれないけど…カマかけられてる気がする。 「…昨日は、手紙を出して帰ってきたよ」 「それだけ?」 「う~ん…下町が楽しくって、帰るのが遅くなって夕飯食いっぱぐれたぐらいかな」 「なんだそれ」 「ちなみに朝も食べてないからお腹ぺこぺこです」 「はいはい、わーったよ」  これ以上聞いても無駄だと判断したようで、イヴァンはいつも通りの半目に戻すとスタスタ歩き始める。嘘は言っていない…けど、なんだか申し訳ない気持ちになりながら、後を追うように私も歩き出した。すると、イヴァンは歩調を緩め私に合わせてくれる。 「何で街で食ってこなかったの?」 「まだ聞く?」 「素朴な疑問ってやつ?」 「皆お金持ちってわけじゃないの」 「あ~、なる。じゃあ、昼飯奢ってやろっか?」 「え?!」 「だからその胸揉ましてよ」 「変態」  少しでも良い奴だなって思った私はバカだったみたいだ。  ちなみに、その日の昼は本当にイヴァンが奢ってくれた。胸は今度で良いそうだ。  ◆  明日絶対にドナートのところへ行くようにと言われていたけど…気付けば授業も終わり、夕方近くになっていた。  今日は朝からずっとラミとイヴァンのどちらかに構われて、一人になる時間もなかった。リアムが不在だから、だれとも話すこともなく終わるかなって思ってたから、少しだけ意外だ。  早いところドナートのところに顔を出して部屋に引き上げよう…そう思ってサブ棟へ向かう渡り廊下を進む。いつも通り入り口の扉を開けると、ほとんど人が居ないそこに、なぜだかラミの姿があった。 「あれ…?」 「ユノ。お疲れ様」 「あ、お疲れ様です…」 「君と話したくってね…ちょっと良いかな?」  壁に寄りかかっていた体を起こし、微笑むラミの言葉を断る勇気などない。頷いた私を連れて向かったのは、一番奥にある空き教室だった。  使われていない教室は、少しほこり臭い。すぐに済むからと灯りは点けていないため、窓から差し込む夕日で教室内は赤く染まっていた。  教室の中程までやってきて、それっきり…向かい合うようにして立った私たちだけど、誘ったラミはそれっきり口を開かない。  これは…待っているべきなのか…でも、早くしないとドナートも居なくなっちゃうしなぁ…どうしようか悩んでいたら、ユノと名前を呼ばれ、我に返った。  そうすれば、予想よりも間近にラミが居て、声に出さず驚く。 「率直に聞く。君は昨夜、ローズと一緒に拉致されたね?」 「え…」 「ローズに聞いても知らないの一点張りでね…確かに二人の女性が拉致されたというのに、救助されたのはローズだけだった」  間違いない。だって私は、騎士に見つけられるよりも先にリアムに助け出してもらっていたから。 「3階にはナイフが刺さった状態で死んでいた男が二人、うち一人は腹に外傷あり」  それは…リアムが蹴ったからです。それはもう思いっきり。あの時のリアムのカッコ良さったらないけど、今語っている場合じゃないことぐらい私にも分かる。 「そのナイフも興味深かったんだけど…そんな中、逃走した女性って言うのも興味深くてね。ローズとは違って、捕まっても泣きわめきもせずに冷静で、逃げ出す機を窺っていたって」  いえ、それはローズが生贄になってくれたからであって…決して私に度胸があるとかじゃないんですよ? 「ねえ、ユノ。君はどうやって逃げ切ってみせたの?」 「あ、あの、人違いでは…」 「そう?犯人の一人がこう言っていたよ『赤毛の女が言ったんだ、茶髪で肩ぐらいの長さ、おまけに巨乳のもう一人の女に向かって、ユノさんって』そうそう見つからないと思わない?」  確かに、犯人グループの目の前で、私はローズに名前を呼ばれた…まさかそれを覚えているなんて…それに、外見の特徴も痛い。この世界では髪の短い女性は少ない。  ここまで断定されてしまえば、もうしらを切るには難しそうだ。ラミに聞かれると、リアムのことを上手く隠し通せるか不安だったんだけど… 「…助けて、もらったんです」 「君が殺したわけじゃないの?」 「まさか!違いますよ…」 「まあ、そうだよね。手練だったらイヴァンが気づくか」 「ラミは、もう一人が私だと分かって…どうするつもりなんですか」 「ん?どうもしないよ。ただ、参考にはしようかなと思ってる」 「参考…?」 「うん。はっきりして良かった。それよりも、乱暴な扱いを受けていたはずだよね?手首の痣も完全には消えていない」  指摘されて、隠すように両手を後ろへと回した。長い時間縄で縛られていたせいで、この痕だけはリアムに処置してもらっても完全に消えなかったところだ。 「どうやって一晩でそこまで薄くしたのかは分からないけれど…治癒魔法はまだなんでしょう?」 「…これからお願いしに行こうかと思ってましたが…」 「僕が癒すよ」 「え…ラミ、治癒魔法使えるんですか…?」 「うん、使えるよ」 「で、でも、授業ではまだ実技は…」 「そうだね。僕が能力開花したのは、去年の今頃なんだ…だから、個人的に、ね?」  良かった、助けてくれた人についてはそこまで興味は無さそうだ…  それにしても、個人で魔法習得出来るはずない…家庭教師でも雇って習得したんだろうか…さすがは王子…  だけど、そんな設定は知らなかった。ゲーム内だって、ラミが治癒魔法を使えるなんて情報一つもない…これはゲームでも語られなかったエピソード?それとも、現実だけなの…?  段々と混乱し始めた私に、ラミは更に近づき…片腕を掴まれていた。 「わ…?!」 「今朝からずっと気になってたんだ」  後ろに隠していた腕を前に出され、くるりと手首を回される。薄くはなっているけど、赤黒い縄の痕が残っている手首…そうか、今朝から張り付いていたのはこれを確かめるのと、治癒するタイミングを無くしていたのか。  参考にすると言っていたけど、何が目的なのか…ラミの考えていることは全く分からない。 「かわいそうに…痛かっただろうに」 「ぇ、っと…」  突然優しい言葉をかけられ、しどろもどろしている私に追い打ちを掛けるよう、血管が浮いている手首の部分を撫でるようラミの指が這った。  くすぐったさに体が跳ねるが、ラミは気にせずに続ける。 「今治すね」  どうするのか…わけも分からず見つめていたら、艶やかに笑ったラミは、あろうことか手首にある痣の痕へと唇を寄せた。 「な…ッ?!」  止めさせようと腕を引いてみたが、それよりも強い力で掴まれてしまってびくともしない。ちゅ、と音を立てながら手首に何度もキスをされ、ビクンと体が震える。  くすぐったいんだけど、温かくて…それを上回る、とんでもない気持ちよさ…溺れてしまいそうな感覚だ。ああ…体の奥が熱くなってきてしまう…ラミの与えてくれる刺激が、とっても気持ち良くって…  って、だめ!何を考えてるの私!?たかが手首へのキスでしょう!!そうは分かっているのに、なぜだか些細な刺激すら敏感に体が反応してしまう。  ち、違うことを考えよう、え、えっと、今日のお昼は奢ってもらえて良かったなぁ…! 「ふ…、ぁ…」  何度も繰り返される啄むようなキスに、堪えきれない声が漏れる。やだもぉ…!なんでこんな感じるの…?!私も18禁ゲーの世界の住人だから…?!  次こそはあられもない声を出すまいと唇を噛むと、小さくラミが笑った。 「ユノ、もしかして感じやすい?」  違います!今のは違うんです!!首を振って否定をしたけど、ラミは試してみようか?と妖艶に笑う。 「なに…」 「何してんだ」  再びラミがキスを落とそうとした時だった。突然聞こえた第三者の声に、ラミは動きを止めてくれた。 「こんなとこで、何してんだよ」 「ユノの怪我を治してました」 「ドレインじゃ日が暮れる。治療なら俺がしてやるし、資格もないのがでしゃばんな」  しれっと答えるラミを睨みつけ私たちの前までやってきたのは、ドナートだった。それから、私の顔を見て…なぜだか盛大にため息をつかれた。 「なにやってんだよ、嬢ちゃんも…!」 「え?!す、すいません…ラミが、治してくれ、」 「ちっと黙ってろ」  自分が着ていた白衣を脱ぐと、話してる途中で頭から被せられ、良いって言うまで取るなと怒られた。聞かれたから答えたのに…なにこの仕打ち… 「残念、いい所だったのに」 「ふざけんなクソガキ」  なんだか楽しそうなラミの声と、めちゃくちゃ不機嫌なドナートの声を白衣越しに聞き、黙っておいた方が得策だと感じる。  しばらくは治癒魔法の危険さについてのお説教を聞き、最後に白衣を取ったドナートに治癒するからついてこいと声をかけられる。  すたすた歩いていってしまうドナートの後を追う前に、ラミに礼を告げればキョトンとされた後に笑われた。 「さすがユノ。察しが良いのに少し抜けてるところが可愛いね」  そこはかとなく馬鹿にされた気がする。
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