6月5日

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6月5日

  「そういえば、調理実習があるんだってね」 「ぶ…ッ!!」  ほんわかする言い方で、とんでもなく恐ろしいことを言ってくる。飲んでいた紅茶を吹き出しそうになったけど、ぎりぎりのところで食い止めた。  大丈夫ですか?と驚いているリアムに、頷きで答える。やっぱり知っているのか…そうだよね、女子だけでやる特別イベントなんだもん…存在ぐらいは知ってるよね。 「そ、そうですね」 「ユノさんは料理得意なの?」 「えぇ?!そ、そりゃぁ、もう!」  普通に声裏返ったわ。  しかも、なんで嘘を吐いてしまったのか…反射的に頷いたけど、リアムはそうですか、と言いながらくすくす笑っていた。この人、私が料理出来ないことに絶対に気付いてる…だからと言って、やっぱり出来ませんでしたとはとても言い出せなかった。 「ユノは、料理得意そうだね」  朝の教室へ向かう途中、ラミも唐突にそんなことを言い出した。  こ、こいつも料理の話題を振ってくるかぁ…!ひきつりそうになった顔へ無理矢理笑顔を貼り付け、ラミを横目で見上げると、なんとも爽やかな笑顔を返される。 「そ、そうですか…?」 「って、クラスの男達が言ってたよ。女性陣の中で、誰が一番上手いかって話題がでてね」 「え、な、何それ…?!」 「みんなユノはそつなくこなせそうだねって話してた」 「な゛…っ」  言葉を失う。何その勝手な想像…それで想像通りに作れなければ、幻滅したとか言われるやつでしょう、それ…。 「でも、実際ユノって料理苦手そうだよね」 「え…」 「ナイフとか使えなさそう」 「ぐ…」  その通り…実家ではお母さんがご飯を作ってくれてたから、一切料理なんかしていない…  年頃なんだから、そろそろ練習しないと嫁の貰い手いなくなるわよって何度言われたことか。  そのせいでひねくれて更に触らなくなったんだけど…こんなことなら練習しておけばよかった…! 「まあでも、君がどんな料理をするのかは楽しみでもあるよ」 「…なんでそんなに私に構うんですか」  モブである私の料理スキルなんてどうでもいいでしょうに。もっとローズの方へ関心を寄せて欲しい。そんな気持ちを込めて言ってみる。 「う~ん…ユノに興味があるから、かな?」  今、チラっと私の胸見ただろ、こいつ。  それにしても、予想以上に調理実習の話が広がってる…別に、周りの評価はどうでも良いんだけど…リアムに料理が出来ると言ってしまった手前、頑張らなくちゃ…!  ラミになめられっぱなしなのも気にくわない。  パンケーキぐらい、簡単につくれるはずだ…!とにかく練習あるのみ!  ◆ 「このためのキッチンだったのかな…」  寮の自室は、まるでマンションみたいだ。  キッチン、バス、トイレ、おまけに家具まで備え付けな1Kマンション。生活しやすいけど、自炊をしない私にとってキッチンなんて必要ないと思ってた。前世でも、カップ焼きそばの湯切りぐらいしか使わなかったよ。  そんなご立派なキッチンへ、街にでて買いそろえた材料を置き、腕まくりをする。  とりあえず、レシピ本図書室で借りて、それに書いてあった内容で揃えてきた。これで準備はばっちりだ。  なけなしのお小遣いで買ったんだ…なんとしてでも成功してみせる…!  本を開き、まずは分量通りに計ってみよう。これぐらい楽勝でしょう。  粉物が入ってる袋を手にとり、力一杯引っ張ってみるが…中々開かない…くそぅ…!いらっとして力任せに引っ張れば、予想よりも勢いよく袋が破けてしまい、中身が思い切り飛び散った。 「うわぁ?!」  ぼふっと音をあげて飛び散った粉は、無情にも頭の上から降り注ぐ…咽せながらも、半分程減ってしまった袋を手に、今度は分量通りに取りだそうと傾け予想以上の量が飛び出す。それは皿から零れて、キッチンへと飛び散った。まあ…後で掃除すりゃいいっしょ…  とりあえずは、料理を進めよう…!そう決めて、次の行程へと移った。  料理の才能は無いと思っていたけど、それは私の予想以上だった。  きめ細かい方が良いと書いてあったので、ふるいに掛けてみればほとんどが受け皿の外へ飛び散る。卵は割れず、殻が大量に入る。長い間使っていなかったコンロのせいで、火加減が上手くいかず爆発を起こす。バターが焦げる。零れまくったせいで、分量より減って膨らみも出ない。ひっくり返しに失敗して、フライパンの外へ飛び出す。最終的に、真っ黒に焦げ上がる。おまけに、調味料を入れ間違えたせいで、やたらと塩っぱい…  私は、本気で料理の才能が無いみたいだ。 「ふぁ…」  夜遅くまで練習を重ねても、朝の時間はいつも通り。噛み殺しきれないあくびが漏れた。  それに、リアムの所で美味しい朝食を頂いていても、昨日の失敗を思い返すと気分も落ち込む。  なんでだ…どうしてここまで才能がない…お茶を入れることに関しては上手いのに…  それだけは実家でも褒められていたし、リアムにも自信を持って出せる。料理だって似たようなもんじゃないのか…何がいけないんだ…!  悶々としながらパンをかじっていたら、品出しを終えたリアムがカウンター越しに名前を呼んできた。 「どうしたんですか?元気ないみたいですけど」 「あ、いや…そんなこと、ないですよ?」 「そうですか…?ちょっと、手見せて」  手を差し出し、自分の手のひらの上へ乗せるように促してきたリアム。  昨日の爆発で、私の指は火傷をしているんだけど…ドナートのところで治してもらうよりも先に、リアムの所にきたのはやっぱり失敗だったか…  だけど、リアムの所よりも先に医務室が開いているわけもない。彼に会わずに一日を始めるなんてこと私には出来なかったから…怪我がバレるのは、当然の結果なんだけど… 「うぅ…」 「ユノさん」  もう一度、急かすように言われて、仕方なく右手を出す。そうすれば、両方ですと追撃を食らってしまった。  観念してリアムの差し出している手の上へ、火傷だらけの手を乗せる。すると彼は、優しく私の手を握ってきた。  私なんかよりも大きくて細長い、筋張っているリアムの手…少し体温の低い…男の人の手だ。  意外な所で男を意識してしまい、なんだか恥ずかしい。 「…ひどいな…」  ぼーっと私の手を握るリアムを見つめていると、彼は低くそう呟いてから、いつもの薬を塗ってくれた。水ぶくれになっていたり、破けてしまっているところを触れられ激痛が走る。だけど、それも一瞬で…どんどんと痛みは引いていく。 「ちゃんと…手当て、して下さい。綺麗な指なんだから」 「リアムさん…」 「自分で出来ないなら、私がしますから…ね?」  どうして怪我をしたかとか、理由は一切触れてこず…彼はそう言って、少し寂しげに笑った。  ◆  初期投資のせいで、今月自由に使えるお金も早々に無くなった。  昼に食堂でランチを頂くことすら躊躇う貧乏さ…お財布は鞄の奥底へとしまい込んで、鞄を担ぎ教室を後にする。  昼休みにいつも向かっている食堂とは反対、校舎を出て裏に続いていく道を進んだ。  元から人の居ない学園だ。裏へ行けば行く程、人気は少なくなっていく。  校舎裏にも、小さいながら手入れされている花壇がある。寮との間にある庭園の様な庭とは違って、こじんまりとしているそこだが、中々に落ち着ける場所。この辺で大丈夫かな…?  その花壇を見渡せる位置にあるベンチへ腰掛けると、鞄へ手を突っ込んだ。  しょっぱい黒い塊を取り出して、膝の上に乗せ、ため息。本当は捨ててしまいたかったけれど…お金も無いし、食べ物を捨てるのも勿体ない。  さすがに人が居る食堂でこれを食べる勇気は無かったけど、ここなら平気だろう…。  これに蜂蜜を掛ければ、甘塩っぱい黒い物質に変わるし…食べれないことも無い…はず。 「はぁ…こんなんで本当に間に合うのかなぁ…」  練習あるのみだと分かっていても、弱気になってしまう。  蜂蜜の瓶を開け、少しずつ垂らしながら黒い塊を頬張る…ごりってなんだか固い音を立てながらかみ砕いていると、気分も滅入ってきた…なんの修行だよ…  無になりながら半分ぐらいを食べ続けていたら、突然後ろから声を掛けられた。 「何食ってんだ…?」 「ひゃ?!」  驚いた…!勢いよく振り替えると、ズボンに手を突っ込みだるそうにしているドナートが突っ立っている。いつの間に、ここに立ってたんだ…! 「せ、先生…」 「リアムの野郎がユノさんが~ってうっせーから見に来れば…なんでこんなところでそんなもん食ってんだ?嬢ちゃん、いじめられてんのか?」 「違います!!」  私だって、好きでこんな所でこんな物食べてるわけじゃないよ…!!少しだけ食い気味に言い返すけど、ドナートは特に気にした様子もなく私の隣へと腰掛けた。  何をするのか様子を窺っている私の手を取り、そのまま治癒魔法を発動させる。瞬時に、私の傷だらけの手は綺麗に再生された。 「あ…」 「医務室こねーから、わざわざ探しに来てやったんだぞ。有り難く思えよ」  髪の毛を掻き混ぜるよう乱暴に頭を撫でられる。なんだか素直にお礼を言えず…目を逸らすようにしてありがとうございますと言ってしまった。 「んだぁ?調理実習の練習かぁ?」  目を逸らし隙だらけだった手元を、ドナートに掠められた。一拍遅れて彼へ視線を向けると、私が食べていた黒い塊を一口で頬張ってしまっていた。  歯を立てたドナートの口から、ガリっと嫌な音が聞こえる。 「ぶ…!」  口元を手で押さえ、眉をひそめながらもガリガリと顎を動かし続け…ドナートは黒い塊を飲み込んでみせる。  それから、隣に置いておいた私の飲み物をひっつかみ一気に飲み干した。それ、全部私のお昼なんですけど…涙目なドナートにはそう言えるはずもない。 「げっほ、くっそまじぃなぁ?!嬢ちゃん、よく食えんなそれ?!」 「うるさいですよ!」  失礼極まり無い発言に、間髪入れず叫び返す。口元を拭いながら、ゲテモノを見るような顔で私を見るな…! 「粉っぽいけど、ちゃんと分量計ったのか?」 「計りましたよ…」 「じゃあ、しっかり混ぜたか?」 「え…?」 「ダマになったまま焼いたんじゃねーの?」 「だま…?」 「それから火強すぎだろ?一回フライパン冷やしたか?」 「え…え??」 「パンケーキ作ったんだろ?生地入れる前に布巾で冷やすだろ、普通」 「…何作ったのか、分かったんですか…?」 「あ…?違うのか…?」 「せ、先生…!」  救世主はここに居た…!興奮気味にドナートの手を両手で握りしめ、間合いを詰める。 「ご指導、よろしくお願いします…!」 「は、はぁ…?」 同じベンチに座って居たために逃げ場を無くしたドナートは、引き気味になりながらも私を見下ろしていた。
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