7月5日

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7月5日

  「魔法とは、自然の力を使う奇跡の業。自然環境に左右される場合も多いことは、もうご存じですね。少しでも自分の状況を把握するためにも、気の流れを読むと言うことが大事になって―――」  7月から始まった新しい学科の授業は、とにかく眠くなる。  文字だらけの教科書もだけど、先生の話し方が優しくって…午後に受けると子守歌になってしまう。落ちそうな所を必死に食いしばって、目を開ける。  この授業、眠くなるけど、割と重要なことを話してることが多い。これから魔法を使っていくと考えれば、寝てはいられない学科なんだ。 「では、前から順番にこちらへ」  先生のその言葉と共に、一番前の席に座っていた生徒が立ちあがり、教壇の方へ向かう。いつの間にか机の上にはくじ引きをするような箱が置かれていた。  何が始まってるんです…?目は開けていたけど、話しは聞いてなかった…とても大切な学科って理解はしてるけど、これじゃあ意味ないわ…  何をしてるのかよく分かってないけど、とりあえず前に習って箱へ手を突っ込んだ。たくさん入っている紙の中から一枚を取り出して席へと戻る。全員が引き終わると、広げて下さいの合図がかかる。四つに折られたそれを広げれば、中には数字が書き込まれていた。 「順番に番号を言います、該当の生徒は名乗り出て下さい。相手の名前をしっかりと覚えて下さい」  1から順に数字を言い、二人ずつ生徒が手を挙げる。相手…?その人とペアでも組むってことかな…?ぼんやりと眺めていると、私の番号まで回ってきた。 「7番」  小さく手を挙げ、相手となる生徒を探す。教室を見回して、同じように手を挙げている生徒を見つけた。 「げ…」  小さく声が漏れる…けど、相手は教室の端だから聞こえていないはず。私と目が合った相手…ラミは、爽やかに笑いながら軽く手を振ってきた。それに答えるように、振り返す。  私たちの応対は関係無く、その間も次ぎに進んでいく番号が読み上げられていった。ラミから視線を外し、前へ向き直せば、今度は真後ろから声を掛けられた。 「ユノ~、大丈夫か?」 「え?何が…?」 「ラミと一晩一緒とか…エロい匂いしかしないけど」 「一晩…?!」  信じられない一言に、勢いよく後を振り返る。予想以上の食いつきを見せた私に、イヴァンは若干引き気味にだが頷いた。 「は…?さっき言ってただろ…?週末の実習、深夜から朝方にかけてだって」 「実習…」 「おいおい大丈夫か?寝てた?」  そうか、7月と言えば天体観測みたいなイベントがあったはず。  魔力の根源である自然の気の流れを読む方法の一つとして、星がある。先生曰く、星の位置で今がどんな状況なのかが分かるらしい。  確かに前世の世界では、星だったかを見て占う陰陽師とか、雲だったかを見て天気を詠む軍師とかいたし…そう考えれば、有効な方法かもしれない。  そして、その天体観測イベントは、夜に野外の森に出て行う物だった。それじゃあ、さっきのくじ引きはその相手を決める物だったのか。  ラミと私ってことは、ローズは今回のイベントに別の相手を選んだってことになる…イヴァンかリーンハルトになるんだけど… 「イヴァンは、相手誰だっけ?」 「え?俺はローズだけど…?」 「そっか…頑張ってね」 「おう…?」  なるほど、騎士様狙いか。これから起こる青姦イベントを知っているから出来る応援…意味が分からなければ、なぜこのタイミングで応援されてるかなんて分からないだろう。  当然ながら、イヴァンは訳も分からずだが、返事を返してくれた。  ◆  ペア決めをして数日後、休み前日の夜に学園へと集まっていた。  普段ならそろそろ寝ようかと思う時間、制服を着て教室にいるのは不思議な気分だ。これからの流れを説明する先生の話しを聞きながら、少しだけワクワクする。それは皆も同じようで、教室内は落ち着かない雰囲気だった。  先生を先頭にして、街の外にある森までの道を歩く。学園の裏手はすぐに森になっているから、そこまで遠い訳でもない。遠足みたいな気分で楽しい…これでおやつとかあれば最高なんだけどなぁ。 「楽しそうだね?」 「そ、そうですか…?」  隣を歩いていたラミに声を掛けられ、ギクリとした。そ、そんなに楽しそうな雰囲気だしてましたか、私…?これも授業の一環だってのに、はしゃいでるなんて思われるのはまずい…と言うか、恥ずかしい。  シラを切ってみたけど、紫の瞳と目が合えば全て見透かされたような気分になる…いや、実際見透かされてるんだろうけど… 「普段の授業も楽しいけど、こう言ったのも新鮮で良いね」 「え…」 「座ってばっかりじゃ体も鈍るし…すごいね、ユノ、考えてること顔に出てるよ?」 「え?!」 「僕でもそんなこと思うんだって、思ってたでしょ?」  仰るとおりです…ラミでも楽しいとか感じることあるんですね…  何も言い返せずにいると、素直だなぁと更に笑われる。褒められてるのか貶されてるのか…やっぱり何も言えなかった。  この実習は、皆で森へと出かけるけど、その後は各々で行動となる。  星がよく見える場所を探して、観測をし、次の授業の時にレポートを提出すれば完了。再度集まることはせず、各自の判断で戻って良し。ただ、通学組は夜の城下は危険なので、寮で朝まで待機して帰宅するようにとだけ指示がされていた。  実質、30分もあれば終了する内容。森は学園管理内の敷地で、安全は保証されているとの説明もあった。  日本みたいに夏休みのような長期休暇は無いし、一年間詰め込みの授業内容でもあるため息抜きも兼ねている…そんな実習なんだろう。 「どこ行きますか?」 「そうだなぁ…ちょっと歩いてみようか」  皆自由に散って行く中、ラミにお伺いをたててみる。少しだけ悩んだ彼は、行こうと手を差し出してきた…え?これは、乗せるべき…?手を見て、ラミの顔を見て、手を見て…それでも引っ込まない手に腹を括ると、恐る恐る自分のを乗せる。  大きな手がきゅっと軽く握り返してくると、軽く引かれ…気付けば、彼の胸元へと納まっていた。腰に手を回されて、歩き出す。  す、すごい…さすがは現役王子様…流れるようなエスコートに、間近に迫る爽やかな美形…近くに寄るとなんかいい匂いもするし…こりゃ、興味なくても意識もしますわ…かく言う私も、今絶対に顔赤くなってるはず…それを見られたくなくて、隠すように下を向きながらラミのエスコートのもと森の中を歩いて行った。  ラミに連れてこられたのは、何かの遺跡のような物の近くだった。周りに白い柱が立っていて、整地された先には地下へと続く扉がある。お墓、なのかな…? 「この辺りなら綺麗だし、空も見やすいと思うよ」  指さす先を見れば、森だと言うわりに空が開けていた。確かに、ここなら観測しやすいかもしれない。おまけに石で整地もされてるから、土の上に直接座ることも無いし…良い場所に連れてきてくれたラミには、素直に感謝だ。 「それじゃ早速始めましょう」  ラミの胸元から逃げるように離れて、適当な柱の横へ腰掛け荷物を漁る。ちょっとあからさまだったかな…様子を窺うために横目で見てみると、いつも通りの表情を浮かべたまま私の方へと向かってきている。ラミのことだから気付いてるんだろうけど…まあ、許してくれたと考えよう。  方位を示す魔具と、星座盤のような道具、記録のための紙とインクを取り出し準備万端。私の隣へと腰掛けたラミが、空を見上げているのを横目に授業で習った通りにまずは方位を調べる所から始めよう。  ◆ 「うーんと…?この星とあの星は一緒…?」  手元の盤を動かしながら星を見上げてみるけど、いまいち理解が出来ていない…こう言うの苦手なんだよなぁ…うんうん唸っていると、隣でメモを取っていたラミが私の手元を覗き込んできた。 「どれ?…ああ、ちょっとずれてるね」  伸びてきた手が私の手の上へ重ねられると、星座盤を動かしていく。え、えっと、こんな密着する必要ありますか…?私の肘がラミの胸板に当たってて、やたらと緊張してしまう…せっかく修正してくれているってのに…なにがどう間違えてるかなんて理解出来なかった。 「こんな感じかな、ほら、状態一緒になったよね」 「は、はひ…」 「…ユノ?もしかして緊張してる?」 「え…!?」  やっと離れてくれたラミが、私の様子に気付いて再び顔を近づけてくる。普通に話す程度なら大丈夫なんだけど…!その綺麗なお顔を近づけられると、途端に何も言えなくなってしまう自分が憎い。  イケメン目の前にすると緊張するのは当たり前だ…!図星を突かれ固まった私に、ラミはそっかぁと機嫌良く笑う。 「僕的には、少しでも意識してくれると嬉しいかな」 「な、なんで…」 「言っただろう、興味があるって。ユノのこと知りたいのに、最近はリアムの守りが固くて…」 「リアムさん…?」 「朝、君を連れて行く時のリアムの顔、見たことある?」 「…?またねって手を振ってくれてますけど…?」 「あー…そうだね、狙ってる相手にヘマはしない男だったね…」  狙ってるって言葉に、反射的に顔が赤くなった。一方的に好きですって言ってるのは私なんだけど…最近のリアムは、確かにちょっと距離感が近くなっている気がする。  なんでそうなったのかは分かってないけど、少しでも絆されてくれれば!なんて、邪な期待はしてたんだけど…も、もしかして、本当に女として見てもらえてる…?  これは、ワンチャンあるかもしれない…ラミの言葉から勝手にドキドキしてしまう。 「…たまには、他の男も見てみる気ないの?」 「ひゃ…?!」  浮かれていたら、突然耳元で囁かれ変な声がでた。我に返れば、私の隣にある柱へ手をついてこっちを覗き込んでいるラミの顔が至近距離にある。突然の王子による壁ドンについていけず、呆然とラミを見つめ返した。 「僕とも遊んで欲しいな」 「あそぶ…」 「付き合ってないんでしょう?なら、試してみるのも有りだと思うんだけど」  そう言って迫ってくるラミから、すさまじい色気を感じる。同い年とは思えない…これが経験の差なのか…自然な動きで顎を持ち上げられて、顔をラミの方へと向かされてしまう。ゆっくりと近づいてくる相手に…流されそうになる…  な、何か言わないと…!ラミがキスだけで止めるはずがない…! 「せ、星座盤…!」  裏返った声を出しながら、寸での所で二人の間へ手に持っていた星座盤を滑り込ます。少しだけ下へとずらし目だけを出すと、色っぽく細められてる紫の瞳と目があった…けど…!ここで引いたら流されてしまう…負けるものか…! 「使い方、教えて欲しいです…!」 「星見るの…?」 「はい…!」 「真面目に見てる人、僕たちぐらいな」 「見るの!!」 「…仰せのままに、お姫様」  そう苦笑しながら、ラミは離れていってくれた。途端に散っていく色気…命拾いをした…  ほっと息を吐きながら有り難うとお礼を告げる。エロゲーのキャラだから節操無いとばかり思ってたけど…実際は常識人みたいで、少しだけ見直した。
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