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7月6日
「あ、あれ…?幻…?」
あまりにも妄想しすぎて、具現化してしまったのかしら…?
目を擦り、もう一度凝視してみたけど、推しは相変わらずそこに立っていた。しかも、花をたくさんいれている籠を腕に掛けながら、首を傾げて苦笑をする姿は可愛い。
「幻じゃありませんよ」
しっかり返事を返してくれたリアムは、呆然と見つめている私の元まで歩み寄ると、籠を噴水の淵へと置く。それから、腰に手をあて私の顔を覗き込んできた。
昼間は毎日のように会っているけど、夜に会うのは拉致事件以来だ。しかもあの時は裏のお仕事モードだったために、顔もほとんど隠されていたわけで…売店の優しいお兄さんのリアムとして会うのは実質初めてと言って良い。
銀色の髪が月明かりを反射して、淡く光っているように見えて…夜の方が似合っているリアムの姿に見惚れてしまう。
「こんな所でどうしたんですか?課外授業じゃありませんでしたっけ?」
「それは、もう終わりました」
「そうですか、ではどうしてこんな所へ?」
「え、えっと…その…」
邪な想像をしていた相手が目の前にいて、しっかり顔を見て話せるわけもない…!
言い訳なんかも見つからず、ただ逃げるように下を向いてしまう。リアムからは小さく息を吐く音が聞こえた…どうしよう、呆れさせたかな…焦っていると、覆っていた陰が消える。
窺うように顔を上げたら、リアムは私の隣へと腰を降ろしていた。
「ここの庭は…夜の方が綺麗だと思いませんか?」
「…え」
「私、よく来るんです、夜に。まあ、仕事がてらってのもあるんですがね」
「仕事…その、籠の花ですか?」
「ええ。夜にしか咲かない種類の物があって、その花には色々と効能があるんです」
「…リアムさん、薬も作ってるんですか?」
「大した物じゃないですよ。ただの趣味です」
理由を言わない私に怒ることもなく、彼はいつも通りに微笑みながら話しかけてきてくれる。その優しさが嬉しい…それなのに、私ときたら…最低すぎるだろう…!
自己嫌悪に陥って少しだけ涙目になっていると、ユノさんと名前を呼ばれた。
「まだ、眠くはありませんか?」
「え?は、はい…」
「良かった。良ければ紅茶、いれてくれませんか?」
「え…」
「ここでは冷えますからね。さあ、行きましょう」
早々に立ち上がり、お尻の埃を叩いたリアムは荷物を取るとこちらへ振り返る。戸惑って見上げるだけの私へ差し出される手。綺麗な長い指を揃えているそれを見て、一瞬ドキっとしてしまった。
いかん…無に、無になるのです…!気持ちを落ち着かせるように、小さく息を吐いてから…恐る恐る、その手へ自分の手を重ねた。
◆
暗くなった学園内を、リアムに手を引かれながら歩く。彼と手を繋ぐなんて初めてかもしれない…手汗とか大丈夫かな?凄い湿ってる気がする…無言で歩くリアムの半歩後をついて行くだけなのに…幸せと緊張で爆発してしまいそうだ…!
通い慣れた売店の前までくると、リアムのポケットから鍵が取り出され、扉が開けられる。押し開けた扉を手で押さえた彼は、どうぞと先に室内へと通してくれた。
言われるがまま売店へ入る…同様に薄暗い売店内は、非常灯の小さな灯りだけが灯っていて、少しだけ違った雰囲気がする。リンと扉につけられた鈴が音をたてながら閉まって、再び鍵の閉まる音がした。
「いつもの所に、座っていて下さい」
「はい…」
カウンターの中へ入って、いつも座っている椅子へと腰掛ける。籠をバックヤードへ置いてきたリアムは、小さな小瓶片手に戻ってくると、すぐに用意を始めてくれた。
水をいれスイッチを押して、沸騰を待つところまで準備している間に、私はカウンターの下へと隠されている茶葉の準備。最近になって種類が増えてきていて、これを選ぶのは毎回楽しみだったりしている。
休み明けに飲もうと思っていたものを取り出して、カウンターの上へと置く。上がった視界の中に、寄りかかってこちらを見ているリアムが飛び込んでくる。
目が合うのが嬉しくて、にこっと笑えば、彼は同じように微笑み返してくれて…から、少しだけ困ったような顔へと変わった。
「…リアムさん…?」
どうしたんだろう…不思議になって首を傾げたら軽い力で肩を押され、再び椅子へと戻される。リアムは小瓶を手に取ると、目の前へと近づいてきた。
無言で見上げる私へ手が伸びてきて…人差し指で頬を撫でられる。それが嬉しくって、黙って撫でられていると、そのまま手は耳元へと移動していき、髪を耳に掛けられた。
それでも大人しくしていれば、リアムは小瓶の蓋を開けて、中へ指を突っ込んだ。軟膏かな…?透明なそれを乗せた指先がこちらへ近づいてくる。
「…リアムさん?」
「どうか、そのままで」
「?」
わけは分からない。だけど、リアムの言う通りに大人しくすると、首元に冷たい感覚がした。
「ひゃ…?!」
出た声を慌てて噛み殺す。腰を折り、至近距離まで近づいてきたリアムは、無言のまま私の首筋を何度も指で撫で上げられた。
…こ、これは、さっき薬みたいなものを塗られているんだって分かってるんだけど…!ラミにキスされた所と同じ場所なだけあって、くすぐったくて…変な気分になってくる…!
「ふ…ッ、」
こんなので感じてるなんて知られたら…いやらしい女だと思われちゃうよ…!それだけは絶対に嫌だ…!ぎゅっと目を閉じ、ひたすらに声を堪える。
やがて首元から手が引かれ、終わりましたよと声がかかった。ほっと息を吐き出し、目を開ければリアムは小瓶の蓋を閉めていた。
ほんの数秒だったんだろうけど…私にとっては永遠かと思えるほどだった…
「どこで食べられちゃったんですかねぇ…」
「え…?!」
言われて、勢いよく首元を押さえた。いや、察しはついてたんです…リアムが私の首元に薬を塗った辺りから、察しはついてたんですけど…まさかこんな見える位置にキスマークをつけられていたなんて…!
しかも、それをリアムに見られたとか、ショックが大きすぎる…好きな人には見られたく無かった…!混乱と怒りと恥ずかしさと悲しさと…色んな感情が昂ぶりすぎて、目の前が一気にぼやける。
え?やだ、待って…!たかがキスマークで、泣くなんて思わなかったけど…なんだけど、なぜだか次から次へと出てきた涙が、瞳からぽろぽろこぼれ落ちた。
私と同じように、まさか泣くとは思わなかったようで、リアムも驚いた顔でこちらを見つめている。
「ご、ごめんなさ…!」
困らせたくなくって謝るんだけど、上手く言葉が喋れない。ああもうやだ、なんで泣くの私…!泣き顔なんて不細工なのを晒したくなくて、隠そうとしたけど…それよりも先に目の前が暗くなった。
背中に回ってきた腕は、痛いぐらいの力で抱きしめてくる…だけど、体を包み込む温かさが心地良い。
「すみません、私の配慮が足らなかった…」
そんなこと無いです…ちょっとでも流された私の責任だし、リアムに見られて勝手にショックを受けて、いきなり泣き出したんだ…リアムは何も悪くない。それなのに彼は何度も謝って、涙が止まらない私を抱きしめてくれる。
うう…理由も聞かずに、なんでこんなに甘やかしてくれるんだろう…この人のことを、どんどん好きになってしまう…堪らなくなって、リアムの腰へと腕を回した。
十分程度泣けば、すっかりと涙も引っ込んだ。なんであんなに悲しかったのか…泣き止む頃にはその理由すらぼんやりとしてきている。
リアムの腹辺りの服を濡らしてしまって申し訳ない…けれど、本人はなんだか満足そうな顔をしてるから、気にしてはいないみたい。
「なんか…すみません、取り乱しちゃって…」
「いえ、役得ですよ」
リアムはそう微笑むと、冷め切ってしまった水を再び沸かすためのスイッチをいれて私の目の前へと戻ってくる。
顔を覗き込んで、形の良い眉がきゅっと寄った。
「本当は、目元を冷やした方がいいんでしょうが…」
熱くなった目元を、リアムの指が撫でる。彼の体温の低い指先が、今の目元にはちょうど良い…気持ち良くてもっとして貰いたかったんだけど、指はすぐに離れていってしまった。
「ああ、すみません…不用意に触らない方が良いですよね」
「え…」
そんなことないのに…むしろリアムだったらどんどん触ってもらっても構わないのに…!遠くにいってしまった指先が名残惜しくて目で追ってしまう…そうすれば、リアムから苦笑が漏れた。
「あー…ユノさん。お願いですから、そんな顔しないで下さい…」
え、私なんかひどい顔してましたか…!視線を顔へと戻したら、彼はいつもの困ったような笑顔を浮かべていた。
「これでも結構我慢してるんですよ、私」
「がまん…?」
「ええ…ですが、今の君にはこれ以上怖い思いはさせたくもないので…」
それってもしかして、性的な意味のあれですか…?俺が上書きしてやるよみたいなあれですか…?!
怖い思いはしてないんだけど…ここでそれを言えばややこしくなるから黙っておこう。流されそうで怖かったと言えば、嘘では無いし。
いい大人なのに情けないです、と零して視線を逸らす彼へ手を伸ばす。さっき離れてしまった指先を両手で握ってみたら、面白いぐらいにリアムの肩が跳ねた。珍しい反応。
「リアムさんなら、良いんです」
「ユノさん、本当に、」
「もっと触って下さい…」
貴方に触られると、幸せになるんです。だから、遠慮せずに…さあ…!
握った指先を自分の顔へと持って行き、擦り寄せる。大胆だったかもしれない…けど、今は押すべきだと本能が告げている…!せっかく縮まった距離を戻したくなんかない…!
頬に触れていた指先は、小さく震えるとゆるゆると動き出す。頬を手で包み込まれ、親指の腹で目の下を撫でてくれた。片方だったそれは、もう一つ増え、両手で頬を包み込まれる。
今までに無いぐらいに寄せられた顔…深い緑の瞳には、とろんとした表情を浮かべている私が写り込んでいた。
私のことをしっかりと見てくれている…それが、とてつもなく嬉しい…
「…ダメだ…アンタの勝ちだよ…」
こつっとおでこをくっつけて、リアムは笑う。
「私も好きですよ、ユノさん」
「ッ…?!」
聞き間違い…?!もう一度確認しようとしたけど、私の口から声が出ることは無かった。
至近距離にあったリアムの顔は更に近づいてきて、柔らかい物が唇を塞ぐ。突然のことに目も閉じれず…かっぴらいたまま見つめていると、すぐに離れ…目が合うと、緑が細められた。
「目は閉じるものです」
「…ふぁい!」
なんとも情けない声で返事をして秒で目を閉じる。そうすれば、再び触れる温かくて柔らかい感触…啄むように何度も唇を食まれ、堪らなくなって小さく口を開いたら、今度は熱い物が入り込んでくる。
ど、どうしよう…!?触らないようにと奥の方で縮み込んだ私の舌を、入ってきたそれはいとも容易く絡め取ってきた。
「ふ…ぅん…」
嬉しくて、苦しくて、幸せで、気持ち良くて…縋るようにリアムの胸元へとしがみつく。
この瞬間が、ずっと続けばいいのに…翻弄してくるリアムのせいで段々と溶けてくる思考の中、それだけはしっかりと覚えていた。
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