699人が本棚に入れています
本棚に追加
7月8日
「今日はどれにしようかな~」
先週と同じようにリアムと共に過ごす朝食。出迎えてくれた彼が、いつもよりも甘い顔でおはようって言ってくれたのは見間違いじゃないと思いたい。
両思いになった夜に、今日いれようとしていた茶葉を使ってしまったため、使うものに悩む。ローテーションするのもいいんだけど、たまにはその日の気分で変えたりもしたいしなぁ…少し悩んでから、香りが一番良い物を手に取った。
熱湯で温めたカップに注いでいると、品出しをしていたリアムがカウンター内へと戻ってくる。
「良い香りですねぇ」
後から覗き込んできたリアムは、私の肩へと顎を乗せる。真横に迫った顔…どれぐらい近いかって言えば、すんって香りを吸い込む音が聞こえるぐらいの距離だ。ついでに腰へと腕が回ってきて、後ろから軽く抱きしめられる。
こ、この人…!付き合うと、一気に距離感が縮むタイプなのかなぁ…?!夢みたいな体勢に興奮しすぎて、とりあえず息が止まった。
「ユノさん、緊張しすぎ」
呼吸どころか動きまで止めてしまった私に、リアムは小さく笑う。それから、握っていたポットを奪い取ると、私から離れていってしまった。
途端に冷たくなる背中が、すごく寂しい…
「あ…」
知らない間に、口からも声が漏れていた。ポットをカウンターに置き直したリアムは、私の声を聞き、どうしたのかと視線だけをこちらへと向けてくる。
い、言うべきなのか…恥ずかしくて目を逸らしたけれど、彼の目は未だに私を捉え続けている…言います…白状しますよぉ…!
「そ、その…離れちゃうん、だなぁ…って、思い、ました…」
「な゛…ッ」
珍しくリアムから汚い声が聞こえた。逸らしていた視線を再びリアムの方へと戻せば、頭を抱えてカウンターに肘をついている…え、ど、どうしたの…?頭痛いの…?
心配になって、リアムさんと声を掛けてみたら、片側だけが見える程度顔を上げてくれた。
「…なんなんですか、アンタ…」
「え?!」
「可愛すぎです…」
「えぇ?!」
私からは、頬を少し赤らめてジト目でこっちを見ている貴方の方が可愛らしく見えます。確実に貴方の方が可愛いです。口には出さなかったけど、強く反論しておいた。
それからご飯を食べてまったり過ごしていれば、朝の短い時間なんてすぐに過ぎていってしまう。
いつも通りの時間になると、店の扉が開きラミが顔を覗かせた。この前の課外授業の時に、ラミを振り切って帰ってしまったから、会うのは少し気まずい…
目が合って戸惑った私とは対象的に、ラミはいつも通りの爽やかな笑顔を浮かべ、おはようと挨拶をしてくる。反射的にそれに返事をしたんだけど、ラミは私の顔より少し下に視点を合わせたまま、固まった。
「…どうしたの?」
「…え?」
意味が分からず、彼の視線を追って私も下へと目を向ける。すると、カウンターの上に置いてある、絡み合っている私たちの手…指を絡めるいわゆる恋人つなぎ。
え、やだ、見られた…!一気に赤くなる顔を隠そうと手を引っ張ったんだけど、繋がっていた方の手はびくともしなかった。それどころか、勝手にリアムの方へと引き寄せられる。
彼も腰を折って手の方へと顔を近づけ…私の手の甲に軽くキスを落とす。それから、私を見てとんでもなく甘く微笑んだ。私と言えば、リアムの笑顔に当てられ、声も出ずにじっと見つめてしまった。
え、え、なに?今の、なに…?え、やばい、かっこいい…語彙力のない私を許して欲しい…
とにかく、雄くさくて格好いい姿に堪らず、もう片方の空いていた手の方で、口元を押さえる。さり気なく鼻血が出ていないか確認をしてみて…うん、良かった、何も出ていない。
「もうそんな時間なんですね」
「は、はひ…」
眉を下げて笑うリアムから、手が解放された。自由になってるってのに、私の手はそのままの位置で止まっていて、呆然と彼を見つめることしかできない…
「え、えっと…やっと付き合ったのかな?」
「ええ。とうとう負けてしまいました」
なんだろう…爽やかな笑顔のラミと、優しい笑顔のリアムが話してるって言うのに…部屋の温度が下がった気がする。張り詰めたような空気を感じ取って、やっと私も我に返った。
「何を考えているのか知りませんが…ユノさんは私の物なので、あまりちょっかい出さないで下さいね?」
「まさか、貴方に面と向かって言われるとは…」
「おや、意外ですか?」
そう言って首を傾げるリアムに、ラミは珍しく本気で困ったような笑顔を浮かべていた。ネガティブな表情をあまり表に出さない彼が浮かべるそれは、本当に珍しい。
だけど、それも一瞬で…瞬きをした次の瞬間には、ラミはいつも通りの爽やかに戻っていた。
「正直。まあ、僕の方は…いずれ分かると思います」
私はここで口を挟んではいけないような気がする…何も言えずに黙っていてもどうしようもないんだけど…どうすれば正解なのか…困っていたところで、遠くから鐘の鳴る音が聞こえる。
「さて、もう時間も無いし…行こうか、ユノ」
「あ、はい…!」
最初の授業が始まるまで、後5分程度。今から行ったらギリギリだろう。慌てて荷物を引っ掴むと、カウンターの外へと出る。
店の扉まで来て、名残惜しく後ろを振り返ったら、にこっと推しは微笑んでくれた。
「いってらっしゃい、ユノさん」
「…いってきます!」
その笑顔が嬉しくって…はにかみながらも手を振り返した。
◆
「中間考査…」
配られたプリントを見て、独り言も漏らしたくなる。朝一で知らされた二回目のテストのせいで、今日一日は顔色が悪いかもしれない。
なんで毎回忘れてしまうのか…確かに天体観測イベント後に、次回のテストについて告知があったはずなのに…!しかも今回のテストから実技と学科の両方が盛り込まれている。
前回から順位を落とすわけにはいかない。リアムの彼女して恥ずかしくない順位はとっておきたい…んだけど、あの人実はすごく有能だし、実際何位を目指せば良いんだろう…?
それとなく昼の時間に、リアムの学生時代の成績について聞いてみたら、なんと常にトップ10入りをしていたらしい。そんな成績夢のまた夢かもしれない…けれど、とにかく頑張ってみよう…!そう決意して、放課後は早速図書室へと向かった。
前回は突然のエロイベントに遭遇したけど、今回はここでのイベントは無かったはず。
ちょっとだけ緊張しながら扉を開けてみて、静かな室内にほっとため息をついた。
西日が差し込んでいるから、それなりに明るくはあるけれど、前回みたいなことがあったら大変だ。しっかりと魔法道具を灯していく。お邪魔しますよ~、人が来ましたよ~~、そんな意味を込めながら灯りの設定値は最大出力、眩しいぐらいがちょうど良い。
まずは苦手教科から…現代魔法術式学をまとめた本棚から参考書を数冊引き抜いて、窓際の席へと陣取った。
ノートを広げ、勉強を始めてしばらく…集中して良い感じのところで、図書室の扉が開く音がした。誰が来たのか特に確認することもなく、術式を書き殴っていく。授業のときはいまいち理解できなかったんだけど…何回か問題を解いてきて、少しだけ掴めたような気がする…えっと、この式の答えは…
「…そこ、計算間違えてんぞ」
「え…?」
突然書き込んでいた式の上へ、指が現れた。節だった太い指…それを追うように顔を上げると、イヴァンが立っていた。
「イヴァン…?」
「な、なんだよ…」
「…え、間違えてる…?」
「間違えてんだろ?もっかい見直してみ?」
向かいの席の椅子を引き、どすっと座る。本当に間違えてるの…?イヴァンが、パッと見でそんなの分かるの…?失礼承知で疑いながらも、言われた箇所を見直してみる。あれ、確かに計算ミスしてるかも…?
一度インクの壺へペンを差し込むと、ユノと名前を呼ばれた。
「なんか…ラミが悪かったな」
「ラミ…?」
「あー…この前のさ、課外授業ん時…」
言われて思い出すのは、首元を掠めたあの感覚…それと、青姦でやらかしていたイヴァンの姿…や、やばい、本人目の前でそれを思い出すとか…!気まずいし恥ずかしいしで目なんて合わせられるわけもない…!
勢いよく顔を背けると、イヴァンも気まずそうに、あー、なんて言っている…そんなにラミに酷いことされたのかって感じなんだろうけど…
違うの。どちらかと言うと、貴方の方が刺激は強かったです…
「あー…その、ユノのこと気に入ってんだよな、ラミ」
「なんで…気に入ってるの…」
「う~ん…なかなか靡かない巨乳だから?」
「…結構失礼なこと言ってるよね?」
色っぽい回想なんて一気に吹っ飛んだ。少しだけ不機嫌な顔をして見ると、イヴァンは苦笑を浮かべながら後頭部を掻いて誤魔化そうとしてくる。私のこと、尻軽そうな胸だけの女だと思ってたなんて、許さないんだから。
「だってあの顔だぜ?あれで迫ってんのに断る女って…俺が見た中ではユノが初めてだよ」
「イヴァンが見てないところで、たくさんあるかもしれないよ」
「そうかぁ?俺でもクラっときそうだけど…」
「え…」
まさか、二人ってそう言う関係ですか…確かに、貴方たちのカップリング、前世では結構な需要はありましたけど…思わずそわっとしたのが伝わったんだろう、実際有り得ないからな!と叫びながら、イヴァンは慌てて両手を振った。
「そ、それより、ほら、勉強…!」
「そう言うイヴァンはしなくていいの?」
「俺はそこまで馬鹿じゃないからなー」
「…この前は私よりも順位低かったけど…」
「こ、今回は大丈夫なんだよ!そんなのしてる暇あれば、筋力上げたいぐらいだ」
「筋力って…何か関係あるの?」
「大切だろ!?筋肉鍛えとけば、戦うときにも便利だし。筋肉痛って気持ちよくね?」
「…気持ちいい?」
「鍛えられてる~~って、感じするじゃん?」
「…変態かな?」
「はぁ!?なんでわっかんないかなー!」
本音が口から漏れていたらしい。いかに筋肉が素晴らしいかについて語り始めたイヴァンに、隠さずにため息を返す。熱くなっているせいで全く気付かない彼は、ヒートアップをしだし、勉強どころでは無くなってきた…どうやって収拾をつければ良いんだ。
「煩いぞ!アンタたち!!!」
もう一度、深くため息をつこうとしたところで、いきなり背後からイヴァンよりも数倍大きな怒鳴り声が響く。
吃驚して黙ったイヴァンと共に声の方へと視線を向ければ、本棚の陰から出てきたアッシュグレーの髪。神経質な美少年、リーンハルトが立っていた。
「ここは図書室だ!静かに出来ないなら出て行ってくれ!!」
「す、すいません…」
無事に収拾はついたけど…それ以前に、勉強も切り上げる羽目になってしまった。
しょんぼりしながら荷物をまとめていると、小声で悪いとイヴァンが謝ってくる。アンタのせいでしょうが…と言いたいのをぐっと堪え、私もごめん、と謝ったら、何故だか涙目で名前を呟かれた。泣きたいのはこっちなんだけどなぁ…
二人でしょぼくれながら、図書館を後にするしかなかった。
最初のコメントを投稿しよう!