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7月13日
テスト勉強を始めて早五日。私は早速のリアム不足に陥っていた。
朝と昼だけじゃ足りない…話さなくても良いんです、見てるだけでも良いので、せめて放課後もちらっと一目見たいのが乙女心…付き合いたてなんてそんなもんだよね、青春してるなぁ…
問題集を解く手が止まっているのを眺めながら、他人事のようにそんな感想が出てくる。
前回はリアムのところで勉強をさせてもらっていたんだし、今回だって同じ理由で行けば、気軽にバックヤードを貸してくれるんだろうが…あそこに行ったら、私が集中できない。これは確実に言い切れる。図書室に来てまでしてるのに、この有様とは、私の精神力どれだけ弱いのか…情けなさを感じながら席を立った。
気分転換に、他の本でも探してこよう。
目的ジャンルの本棚の前まで来て、物色を始める。どれも難しいタイトルが並んでいて、見ているだけで目眩がしそうだ…
魔法を習えるって聞いた時は、前世で憧れていた部分もあって、すごく嬉しかった。だけど、蓋を開けてみれば予想以上の理数系…計算なんて大嫌いな私にとって、苦行でしかない。
少しだけ勉強を諦めかけた時もあったけど、今は違う。毎朝の日課であるラミのお迎え時に少しだけしてもらえる復習や、イヴァンにだけは負けないようにしようと、勝手にライバル視したり…少しでもリアムに追いつこうと目標を持てて、頑張りたいと思っている。気持ちの持ちようによって、取り組んだ時の辛さって全然違うんだなぁ。
ちょっと浮上した気分と視線は、結構上の方に収まっていた本へと止まった。基礎術・応用編…勉強も少しだけランクアップしてもいいかな。背伸びをしてそれへ手を伸ばす。背表紙を指で撫でることは成功したんだけど、それだけだった。
下の方しか届かずに、引っ張り出すことができそうにない。うーん…踏み台が必要かなぁ…ジャンプしたらワンチャン届くかなぁ…もう一度、本棚にへばりついて背を伸ばす。今度は爪先立ちまでしてみたら…掠っていた本が動いた。
「…これか?」
やった!と顔をあげたら、真後ろから声が降ってきた。そういえば、私の目の前に大きな陰が出来てきて…それがパっと明るくなる。
だ、誰…?恐る恐る振り返ってみれば、そこには先日図書室から追い出したリーンハルトが本片手に立っていた。
「あ、それ…」
「これを取りたかったんだろう?」
「は、はい…!」
ぶっきらぼうに渡してきた本を両手で受け取る。彼は軽々と持っていたはずだが、意外と重くて吃驚した。重さだけじゃなく、リーンハルトが取ってくれたって言うことにも驚いているんだけどね…
彼はとにかく気難しい性格なのだ。攻略して、好感度を上げるまでは素っ気ないし全くもってこちらに興味を持ってくれない。同じクラスメイトであっても、彼と話した事なんてほとんど無い私が、上の方の本が取れなくて困っているのを発見して、取ってあげようなんてするはずがないのだ。
リーンハルトの好感度を上げるには、知識力をとにかく上げまくるのと、図書室での遭遇イベントを何回もこなしていかなきゃいけない。彼がここにいること自体はそこまで不思議では無いんだけど、本を取ってあげるなんてイベントあったかなぁ…?
もしかして、知らない間に何かやらかした…?緊張から手に汗が滲む。なんと声を掛けて良いのか…悩んでいたら、相手から先に喋りだしてくれた。
「その…アンタは、ユノ、だったよな…?」
「はい…!」
「そうか…僕はリーンハルトと言う。その…アンタと同じ、学生だ」
存じ上げております…と言うか、お互い制服を着ているわけですし、1クラスしかないんだから分かると思うけど…突っ込みたいのを我慢して、頷きで返す。
「…話がある」
「は、話…?!」
「まあいい…とりあえず、アンタの席まで行くぞ」
なんとまあ自分勝手…言い切るよりも早く背を向けたリーンハルトは、私に構わずスタスタと歩き出してしまった。えっと…私が座ってた席、なんで知ってるのかな…?やっぱり口には出さないまま、彼の後を追った。
私の向かいの席へと腰掛けた彼は、追い付いた私に座ってくれと声を掛ける。
えっと、私の荷物とか広がってるし、明らかにそこは私が陣取ってる席なんだけど…まあ、いいか。言われるがままに、さっきまで自分が温めていた椅子へと座り直す。
一体何の話しがあるのか…緊張のままリーンハルトを見つめてみたけれど…何故だか口ごもったままだった。あ、あれ…?用事があったんじゃないんですか…?
話すまでは黙っていようか…前にも似たようなことが合った気がする…ぼんやりと観察しながら待っていれば、ぎゅっと唇を噛みしめてから、睨み付けるような強さで私へと視線を向けてきた。
「ユノ」
「は、はい…!」
返事をした声が裏返った。けど、そんなことに気付いていないのか、リーンハルトは表情を変えない。もぞっと動いたと思うと、今度はテーブルの上から固い音がした。何かを握りしめている彼の手がゆっくりと離れていくと、出てきたのは美しい青の小瓶。
薄い水色の瓶は細かく削られていてるせいか、光を反射して不思議な色をしている。黒い液体が入っているのに、グラデーションが綺麗なそれをじっと見つめてしまう。
「綺麗…」
彼が小瓶を私の方へと押してくれたので、そっと手に取る。光に当てれば、更に不思議な光を放つそれを見つめて、目を細めた。すごく綺麗…中に入ってるのは何だろう…
「アンタにやる」
「…え?!」
ぽーっと見つめていたら、とんでもない言葉が耳に飛び込んでくる。小瓶からリーンハルトへ視線を戻せば、頬を赤く染めてそっぽを向いていた…
「その…入学当初…僕にインク瓶、譲ってくれただろ」
そんなことありましたっけ…?遠い記憶を掘り起こしてみる…そういえば、リーンハルトと初めて会った時、リアムのお店に駆け込んできてインク!って叫んでいた気がする。
品切れなんですって説明しても、困るって言ってて、リアムが困ってるな~と思って私の持ってたやつをあげたんだった。そういえば、あったなぁ!
「え、で、でも、これ、すごく高価な物じゃ…」
あの時にあげたのは本当にただのインク瓶だった。私でも買える程度の安物だったのに、そのお返しがこんな綺麗で高価なインク瓶って…全く釣り合いが取れていない。
さすがに受け取れないとリーンハルトへ返そうとしたけれど、彼はむっとした顔で睨み付けてきた。未だに頬が赤いから、全然怖くないけどね。
「僕が要らないからあげるだけだ!べ、別にアンタのために探して買ってきたわけじゃない…!」
すごい…リアルツンデレだ…!リアルで見るにはきっついわ~と思ってたツンデレも、美少年がやれば苦にならない…!良いから受け取れ!と再び押しつけてきた姿が可愛くて…今度こそ小瓶を受け取る。良いもの見せて貰ったわ…
「有り難う…大切にするね」
もちろん、君のツンデレの瞬間も大切に記憶にしまっておくね。
取っつきにくいと思ってたんだけど、素直じゃないだけなのかもしれない。こちらが素直にお礼をすると、相手もぎこちなくだけど頷き返してくれた。
「早速使ってみても良い?」
「勝手にすればいいだろう…」
頂いたばかりの小瓶の蓋を開け、ペン先を湿らせる。やはり良質なインクなんだろう…書いてみたら、色味が全然違っている。これを練習問題を殴り書いているような時に使うのは勿体ない。もっと大切な時に使おう…そう思ってもう一度瓶の蓋を閉めていたら、おいと言う声と共に、ノートへ別のペン先が滑り込んできた。
「これ、この術式はおすすめしない」
赤ペン先生よろしく、別のインクで間違えているところを囲まれる。使うのはこれ、とそのまま別の術式が書き込まれていった。
「こっちを使う方が効率が良い。計算する場所が減るだろ」
「あ、本当だ…!」
「端折れるところはどんどん端折るべきだ。効率を上げられると、見える世界はどんどん変わっていく」
すごいなぁ…同い年とは思えない。むしろ、精神年齢的には少し上かもなんて思ってたんだけど…逆に、私がリーンハルトの足下にも及ばない。素直に彼を褒めても、それを鼻に掛けることなどせずに、自分などまだまだだと返された。
前回のイヴァンに邪魔された時は違い、かなり有意義な時間が過ごせた。たまにで良いから、教えて欲しいと頼めば、彼は照れながらもOKを返してくれる。
これで、今回のテストに希望が見えてきた!
◆
すっかり暗くなってしまった学園内。寮へ向かって私は一人で帰っていた。
リーンハルトへ、一緒に帰ろうと誘ってみたんだけど、彼はまだ残って調べ物を続けたいらしい。私に教えていたせいで、時間を使ってしまったみたいだし…手伝えることは無いか聞いてみたら、早い時間の内に早く帰れと追い出されてしまった。
図書室を出る間際に、遅くまで付き合わせて悪かったなと声を掛けられ、赤くなりながら足早に奥へと消えていく彼の後ろ姿を見て、ほんわかしたのは言うまでも無い。
リーンハルトなりに、夜遅くになってしまったことを心配してくれているみたいだ。まあ、送り届けるところまでしないのは彼らしいんだけど。
「ユーノさん」
捗った勉強に機嫌も良く、鼻歌交じりで庭の近くを通っていたら、突然声を掛けられる。びくっと大袈裟に肩を揺らして辺りを見回してみても、誰もいない。上です、と声の通りに上を向いて見れば、近くにあった時計塔の屋根の上に、黒いコートが見えた。
鼻先まである襟を指で下ろして顔を出し、こちらへ手を振っているのは、裏の顔モードのリアムだ。今日は頭には何も巻いていないようで、銀色の髪が見える。
「リアムさん…?!」
まさか、その服装の彼に再び会えるとは思わなかった。相変わらずのギャップに目眩をおこしそう…悶えている私に構うこと無く、リアムは目の前へと音も無く着地した。
「お仕事帰りですか?」
「ええ、そんな所です」
「怪我とか、無いですか…?」
この前みたいに危ないことをしてるんじゃないだろうか…心配で、彼の体を上から下まで見てしまう。そうしたら、リアムはきょとんとしてから小さく笑った。
「有り難うございます、平気ですよ」
「良かった…」
ほっと息を吐くと、リアムの指が伸びてくる。大人しくしていたら、人差し指で頬を軽く撫でられた。なんだか猫を撫でるみたいな撫で方をよくされてる気がするんだけど…それでも、触ってもらえるのが嬉しくって、黙ってそれを受け入れる。
「ユノさんは遅いですけど…どうしたんですか?」
「勉強を教わってたら、遅くなっちゃって…」
「誰かとご一緒してたんですか?」
「リーンハルトです。4月に、インク下さいって駆け込んできた…」
「…ああ、あの…その彼は?」
「まだ調べ物があるみたいで、図書室に残ってますよ」
「そうですか…しかし、遅い時間に一人で出歩くのは感心できませんね」
するすると撫でていた指が、両頬まで伸びてくるとむにゅっと掴まれた。私の唇を鳥みたいにしながら笑顔を浮かべるリアムは少し怒っている…
「す、すみませ…」
「送っていきますよ」
「ふぇ…?!」
「おや、私に送られるのは嫌ですか?」
「そそそそんなことないです…!!」
ブンブンと首を大きく振って否定すると、良かったと微笑み返される。行きましょうか、と手を差し出されて、迷うこと無くその手を握り返した。
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