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7月14日
宣言通り、リアムは寮へと続く道のりを一緒に歩いてくれた。
夕食の時間もとうに過ぎ、時刻は就寝に近い時間…ただでさえ人の少ない寮はしんと静まりかえっていて、それだけでも緊張する。まさかこの道を誰かと一緒に歩くなんて…入学当時はそんなこと考えてもみなかった。今は、最推しであるリアムと一緒に歩いている…奇跡のような現実に、感動してしまう。
薄暗い廊下を歩き、自室の前まで辿り着く。ここですか?と問われて、頷く返事しか返せなかったのは、緊張しているせいであって、不機嫌とかでは決して無い。
そんな私の様子に気付いているのか…リアムは小さく微笑みを返す。
指を当て、鍵を解除して扉を開ける。暗い室内をバックにして振り返れば、なんとも言えない表情を浮かべているリアムと目が合う。彼は何か言おうと口を開き…すぐに閉じると、あーと彼らしくない声を上げた。
「おやすみなさい」
それから、いつも通りに優しく微笑みかけられる。何も変わらない彼の笑顔…いつも通りに、同じ言葉を返せば良い。それだけで良いのに…私の口はカラカラに乾いていて、何も言えなかった。
まごつく私を待ってくれるはずもない。リアムは就寝の挨拶だけを告げたら、くるりと背を向ける。私に何かを言うわけでも無く…彼はゆっくりと廊下を歩き出してしまった。
このままじゃ本当にリアムは行ってしまう…!本当にそれで良いのか…!?自分にそう問いかける。
送り届けてくれた相手に、何の礼をすることもなく送り返すなんて、失礼じゃないだろうか。下心があろうがなかろうが…お茶の一杯ぐらいごちそうすべきなんじゃないのか…おまけに、相手は思いが通じ合った相手じゃないのか。
ぐるぐると回ってた思考だけど、最後の一つに背中を押された。何を迷っているんだろう、相手は自分の彼氏じゃないか…!
大きく息を吸い込むと、扉から飛び出した。目標は廊下の端…すでに小さくなってしまっている、リアムの背中…!
「リアムさん…!」
切羽詰まった私の呼びかけは、なんとも間抜けな声だったけど…リアムは足を止めると、振り返る。驚いた顔をしている彼へ、尚も呼びかけた。
「あの…良ければ、寄っていきませんか…!」
「…ユノさん…」
「お茶、ごちそうさせてください…!」
目を逸らしちゃいけない…!必死になって相手の目を見て告げる。そうすれば、少しだけその場で立ち止まっていたリアムは、ゆっくりとこちらの方へと戻ってきた。
私の部屋の扉の縁に片手をついて、重心を扉の方へ寄せる…扉へ寄りかかったために窓を遮られ、私の上にはリアム分の陰が降ってくる。
「…ユノさん。こんな夜遅く、部屋に男を招き入れるのはいかがでしょうか」
射貫くような視線。いつもとは違う雰囲気のリアムのせいで、口から吐いた息が震えた。
まだ引き返せる…言葉にしないけれど、そう言ってきている彼を、負けじと見上げ返す。
「リアムさんだから…です…!」
私は、何も知らない少女なんかじゃない。握り拳を作って、強く握りしめる。じゃないと、立っていられそうにない…口から心臓が出るんじゃないかってぐらい緊張してる。
じっと私を見つめていたリアムから、瞬きと共に鋭い視線が消える。次の瞬間には、すみません、といつも通りのふわっとした笑顔を浮かべてくれた。
「少しだけ、お邪魔してこうかな」
「!!は、はい…!」
通れるようにと壁際に寄れば、リアムは室内へと入ってきてくれる。二人入りきり、重い音をたててしまる扉…
さっきよりも薄暗くて狭い廊下に、リアムが立っている…彼が本当に誘いにのってくれたんだ…夢のような現実に、気持ちも浮ついた。
「え、えっと、こっちです…!」
なるべく平常心を心がけながら、先導するように廊下を進む。散らかっててすみません、なんて勝手に口が動いていた。魔法道具を灯して、室内は暖かな光に包まれる。
今日は脱ぎっぱなしなんてしてなくて良かった…ベッドの上へ持っていた鞄を置いて、リアムにはハンガーを渡す。彼からは、受け取りながら綺麗に片付けてますね、とお褒めの言葉を頂いてしまった…
ぎこちない動きでキッチンへ向かい、鍋に水をいれた。なんでこんな平たい鍋しかないんだよ、この寮は…!もっとこう、おしゃれなケトルみたいなのがあっても良かったんじゃないかなぁ…!うう、再び、自分の女子力の低さに後悔するはめになるとは…
「かなり室内も改造されたんですねぇ」
コンロの上へ鍋を置いていると、予想以上に近い距離から聞こえた声に驚き振り返った。彼は、少しだけ手を伸ばせば届くってぐらいの距離に立っていた。
さ、さすがは諜報員、気配も足音も本当に無くって…一般人の私には気付くなんて無理なレベルだ…!
「あ…すみません、驚かせちゃいましたね」
呆然としている私を見て、やっと自分が気配を消していたことを思い出した…そんな苦笑を浮かべて、リアムは私の背へとくっついていた。後ろから抱きしめるの、好きだな…この人…
「今はこんなのまでついてるんですね」
「すごく生活しやすいですよ…って、リアムさん、寮の中知ってるんですか…?」
「ええ、私も学生時代お世話になってました」
「え、そうなんですか…?!」
後ろを見上げたら、間近にある綺麗な横顔は苦笑しながらまっすぐ鍋の方を見ていた。目の端で緑の光が灯り、リアムがコンロの火をつける。
使う人によって、光が違うんだ…私がこの魔法道具へ魔力を込めたら青い光が灯るんだけどなぁ…じっとコンロを見つめている彼に習い、私も顔を前へと戻した。
「私が居た頃は作りかけみたいなもので、酷かったんですよ。相部屋でしたし」
「相部屋…!」
「ええ、大変でしたねぇ…」
学生の頃のリアム…どんな生徒だったんだろう…私がもっと早くに生まれていれば、一緒に学生時代を過ごせたのかな…
「いいなぁ…」
「ん?」
気付けば本音を口走っていたらしい。腰に腕を回して抱きしめていたリアムは、後ろから覗き込んでくる。
しっかりと聞こえていたか…恥ずかしさを誤魔化すように笑うと、胸元へもたれ掛かって見上げ返した。
「相部屋の生徒に、嫉妬しちゃいました」
「…ユノさんが…?」
「そうですよ~、私だってリアムさんと一緒に学生したかった…」
「それを言うなら…私の方です…」
回されていた腕の力が増し、ぎゅっと抱き寄せられた。私の耳元まで頭を下げ、こめかみに軽くキスを落とされる。纏う雰囲気が変わった気がする…リアムの何かのトリガーを引いてしまったのは、確かなようだ。
「私の方が酷い嫉妬をしています」
「そんなこと…」
「朝にラミが連れて行くのだって、ドナートへ試食を頼んでいたのだって、辛かったんですよ?」
え、そうなんですか…!全く気付かなかった…いや、確かに調理実習当日のリアムは少し拗ねてたような気もするけど…私のことをそんな目で見てくれているとは思わなかったから、意外すぎる。
「それなのに、更に新しい男の名前は出てくるし…まして、遅い時間まで二人きりだったと」
「す、すみません…」
リーンハルトはただのクラスメイトなだけで、本当に何も無かった。勉強を教えてくれただけなんだけど…いつもなら夕飯も終わって、部屋でのんびりしている時間までは遅すぎますよね…すみませんでした…
こめかみ辺りを彷徨っていた唇は、話しながらも、耳の方へ来て…次第に下へと移動していく。耳の裏から首筋辺りまで降りてきた唇は、中間辺りで止まる。ちゅっと音をたててキスされただけなのに、ビクっと体が震えた。
「他の男の印が残っているのも、気にくわなかった」
痕については、言い訳もできません…課外実習の夜、ラミにつけられたやつですよね…
流れるようなラミの行動と、雰囲気に流されかけた私の心の弱さのせいで、あそこまで許してしまった…こんなこと、リアムとじゃなきゃ嫌だって思ったけど、それを今言っても言い訳にしかならないだろう。
「この辺、でしたっけ…?」
唇でなぞりながら、私の反応を見ていく…もうそれだけでも、刺激が強い。
ゾクっとする背筋に、堪らず唇を噛む。ラミの時はもう少し我慢できたのに、好きな人ってだけで、無条件に体が反応してしまう…
「私、自分は執着しない方だと思っていたんですが…存外当てになりませんね」
荒くなる呼吸はリアムにだって聞こえてるだろうに、彼は構うこと無く首筋へ吸い付いた。途端に走る甘い刺激…堪えきれず目の前のシンクへついていた手に力が籠もる。
「ん…、」
声を堪えるために俯く私の首元へ、いつの間にか長い指が這っていた。後ろでとめられていたボタンが外され、飾りのついた白いヒラヒラ…ジャボがするりと外れて床の上へと落ちた。現れたシャツの首元のボタンへも指がかかり、圧迫感から解放される。
ジャンパースカート型の制服だったから、上二つ程度しか外されなかったけど…しっかり着込んでいた時と比べれば十分に肌は露出していた。
寛いだ首元をぐりぐりと舌で押され、その後に強く吸い上げられる。
「ん、ぁ…ッ」
自分の喘ぎ声にさえ、興奮してしまいそう…更に強く唇を噛んだら、左の方から伸びてきた指が唇を撫でた。
「噛まないの」
「っ、でも…!」
「それじゃあ、これ噛んでて」
数回下唇を撫でた指先は、するっと口の中へと入り込んでくる。慌てて引っ込めた舌を追いかけるように、指が入ってくるけど…それ以上は追ってはこず、くるっと向きを変えられる。上に向いた指は、上顎の方を撫でるようにして引き抜いていく。
「は…ッ、ふぁ…!」
再び戻ってきた指は、同じ動きを繰り返す。上顎を何度も撫であげられて、その度に腰へ向かって甘い痺れが走った。
出し入れされる指が気持ちよくて…奥で縮まっていた舌は、我慢できずリアムの指を追いかけて絡め始めてしまう。
「っ、こら…!」
少しだけ、余裕のない声が耳元を掠める。自分の拙い動きでも、リアムの気持ちを高ぶらせることができてるのかな…そうだと嬉しいなぁ…
もう一本指が増えると、口内の舌を掴むと軽く揉むようにマッサージされた。ふにふにと動く二本の指のせいで、さっきよりも口を大きく開くことになる。
上を向かされ、リアムに寄り掛かるような体勢になれば完全な受け身に変わる。
「ふ…ぁ、う…」
口内の愛撫だけでも感じてしまっているのに、耳元へと顔寄せてきたリアムは低い声で名前を囁いてきた。
それから、耳へ触れるだけのキスを何度もしてから、温かいものが中へと入ってくる。ぴちゃ、と言う水音に耳を舐められているんだと自覚する。
「んん…!」
耳の中で舌が動く度に腰が揺れる…!みっともなくビクビクしてしまうのが恥ずかしい…けど、全てが気持ち良くて、溶けてしまいそう…
飲み込みきれない唾液が口の端を汚していることなんか、既にどうでも良い。もっと、リアムを感じていたい…そればかりが頭の中を埋めつくしていく。
「もうか…」
何か耳元で聞こえたと思うと、口内を犯していた指が引き抜かれてしまった。それが名残惜しくて、舌の届く範囲まで伸ばし追いかける。
それも虚しくリアムの手は目の前のコンロの方へと行ってしまい…火を止めていた。
視界にぐつぐつと煮えたぎっている鍋が映ってきて、ぼんやり眺めていた。お茶いれなきゃだったんだっけ…そうは分かっているけど、体は動かず…それどころか、くたっとリアムの胸元に収まってしまう。
いつの間にか上がってしまった息のせいで、呼吸が苦しい…
「リアム、さん…」
「今日はここまでです」
ええ、そんなぁ…すごく気持ち良かった…リアムとなら、いつまでもやっていたいのに…
物欲しげに頭上の彼氏を見上げてみたら、軽いキスが降ってきた。
「お茶は私がいれますね…歩けますか?」
「だいじょぶです…」
リアムから体を離してみると、一瞬だけふらつく…けど、すぐにしっかり立つことができた。先に座っていてくださいと促されてしまい、仕方なくベッドの方へ向かって歩き出す。
本当は私がもてなさなきゃいけないのに…。片隅では分かっているけど、さっきまで与えられていた刺激のせいか、ふわふわしていてあまり考えられなかった。
だから、大人しく戻っていく私の後ろで、リアムが何か言っていたのも気にすることができなかった。
「あのユノさんは…ヤバかった…」
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