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8月5日
広がる青空の下で、大きく伸びをする。ポキっと体の骨が鳴って気持ちいい。
数週間に渡って続いてきた勉強と、テストの緊張もこの実技を終わらせれば最後。試験会場である練習場で冷たい風を全身に受けていると、早くも開放感を感じてしまう。そう思っているのは私だけじゃないみたいで、クラスメイトたちも表情は明るい。
筆記試験を昨日で終了させた私たちが、今日行うのは魔法の実技試験だ。
練習場で行うこの試験では、使用する魔法の属性は決まっていない。自分が得意である属性魔法で、最大限の力を見せると言ったもの。私たち生徒たちは練習場の端で控え、番号順で真ん中にいる先生の元で一人ずつ発表する。
平凡な私にとって、実力を先生以外にも見せるのは恥ずかしいんだけど…力あるクラスメイトは、発表型式なのを喜んでもいるみたいだ。
一番最初の生徒から名前を呼ばれ、試験が開始されれば、恥ずかしいなんてものはすぐに飛んで行った。指定されていないからこそ、様々な魔法が見れて、刺激になる。いびつな炎の竜を作ってみせたり、可愛らしい土人形が出たり…完璧に出来上がらなくたって、歓声と拍手が自然と生まれた。これが試験なんて忘れそうになるぐらい楽しい。
中には、才能が飛び抜けている生徒…攻略対象キャラである3人の魔法はとにかくすごかった。
ラミは王子様らしからぬ闇属性が得意なようで、たくさんのアンデッドを地面から生み出していた。闇属性特有の、空気が澱み辺りまで暗くなるって言うオプション付き。アンデッドを従えて、不敵に微笑んでいるラミは、どうみても悪役そのものだ。この人は怒らせちゃいけないやつだ、と悟るには十分すぎる。
それに対し、従者であるイヴァンは見た目とマッチした聖属性だった。確かに若干頭弱めの脳筋だけど、見た目だけは正統派…片手を上げた先に、光の玉が現れた姿には感動した。けど、それも一瞬で、光の玉から無数の光線が放たれ、無差別に練習場の地面を抉る…さすがは脳筋と納得するコントロールの悪さだった。
普段は物静かで、あまりクラスメイトと交流が無いリーンハルト。長めの前髪とひょろっとした小柄な彼が使用したのは、雷属性。片手を前に出すとすぐに彼の周りに電流が帯電し始め…バチバチと激しい音をたてながら、放った電流は一直線に駆け抜けて近くの校舎に穴が開く。その威力と正確性に、クラスメイトたちが一目置いたのは言うまでも無い。
そんな凄いのを披露されてから回ってきた自分の番…なにこれ、罰ゲームすぎて泣けてくる…
けど、事前に引いたくじ引きの順で呼ばれているので、こればっかりは私の運の悪さを恨むしか無い。あんな一撃を放っても表情一つ変えないで戻ってきたリーンハルトと交代するように、練習場の真ん中へ向かって歩き出す。
途中、すれ違う時に頑張れよ、と声を掛けられて、引きつった笑いを浮かべて頷き返す。
辿り着いた先生の元では、力を抜いて下さいと心配されてしまった。
「それでは、ユノ。始めて下さい」
「…はい!」
泣いても笑っても、これが本番…胸の前で両手を合わせて祈るように握りしめる。それから肘を上げて、胸と平行になるように持ち上げると、目を瞑った。女は度胸…腹括るぞ…!
術式の組み方によって魔法の威力は上がっていくけれど、それ以前に必要なものは、想像力だと術式で躓いていた時にリアムは言っていた。
どんなものを出したいのか、どんな風に使いたいのか、そこを固めないと術式をいくら知っていても意味がない。場合によっては、想像で勝手に術式を組み立てていくタイプの人までいるって聞いた。
自分が特別体質じゃないとしても…私が使いたい魔法をイメージすることは出来る。
どんくさいから、攻撃タイプは向いていない。補助だって、咄嗟の判断は苦手だ。治癒はまず使用出来ない。だとしたら、出来ることはただ一つ、防御のみ。
自分を守る盾…大きくて固い物じゃなくて、柔軟性があって絡みつくようなもの。足下から頭まで、全身を守る…茨のような植物。それを生成するものは、私の一番得意とする属性である、水。それが地面から現れて、私の体へと這うように成長していくイメージ…!
ゆっくりと目を開けば、私の周りにはイメージ通りの水で出来た茨のある蔦が巻き付いていた。ちょっと強く想像しすぎたのか、予想以上に生えて触手みたくなっちゃったかな…?
「素晴らしい!」
拍手と共に、先生から声を掛けられた。少し遅れて、離れた所からも拍手が聞こえる。見渡せば、先生とクラスメイトたちからの拍手喝采…まさかここまで褒めてもらえるとは思わなかった…!
単純に嬉しくて、詰めていた息を吐き表情が緩んでしまった。その瞬間、同じように緩んだ蔦は形を保てずに崩壊、頭の上から大量の水が降ってきた。
「ぶ…ッ?!」
突然の出来事に何も出来ず、そのままの状態で固まる。数秒後には、再び視界が開けたけど…最初の方で止めこそねた息のせいで、ばっちり鼻に水が入ってしまい、盛大に咽せる。
「…ユノ、最後まで気をつけなさい」
「げほ…すみません…」
気を緩めたせいで、自身がずぶ濡れになるなんて…とんでもない自爆行為だ。寒さのせいで咳と共にくしゃみまで出始める私に、先生は試験はいいから着替えてきなさいと言ってくれた。
私の退場と共に、次の人の番号が呼ばれ進んでいく練習場を背にしながら、言われた通りに着替えるためとぼとぼ校舎へ向かって歩き出した。
◆
校内へと入れば、辺りは昼間だと言うのに相変わらず人の気配も無く、薄暗く静かだった。
メイン棟とサブ棟の中間ぐらいに位置しているために、一番人が少ない場所のせいかもしれない。
垂れてきそうな鼻を軽くすすって、少しでも体を温めようと二の腕を擦る。さっさと体操着にでも着替えてこよう…そう思って足を進めようとしたら、いきなり背後から何かが覆い被さってきた。
「ふぉ?!」
驚いて振り返ると、そこにはいつの間にかリアムが立っていた。
彼がいつも着ている上着は無くて、ベストとズボンだけの姿に、もしかして…?と、すぐに気付く。自分の肩に掛かっている温かい物を確認してみれば、見慣れたリアムのそれだった。
「お疲れ様でした、ユノさん」
「えっと…有り難うございます」
「すみません。実技、覗き見しちゃいました」
「え?!み、見てたんですか…?!」
「ええ。素晴らしい水魔法でしたよ」
「も、もしかして、最後まで…?」
途中までは見て欲しい気持ちはあったけど…さすがに、最後の大失敗までは目撃されたくなかった…こうやって、上着をかけてくれているってことはばっちり最後まで見られていたんだろう。だけど、ワンチャンあるかもと聞いてみたら苦笑だけが返ってくる。
ですよねー!分かってましたー!軽々打ち砕かれた希望と共に、身震いが襲う。ついでとばかりにくしゃみもでれば、リアムの腕が腰へと回ってきた。
「これ以上冷やすわけにもいきませんね、早く着替えに」
「はい…」
「更衣室までお送りしますよ」
「すみません…上着も濡らしてしまって…」
「それは気にしないで下さい。それに…その姿を、これ以上他の人に見せたくはありませんので」
みっともないですよね、すみません…内心でもう一度謝りながら更衣室へとご一緒することになった。
道すがら、偶然見かけたのかと聞いてみたら、最初から見る気満々だったらしい。
筆記についてはリアムに教えてもらっていたけど、実技は全く話していなかったために、大丈夫なのか不安だったと言うのと、私がどんな魔法を使うのか単純に興味があったと申し訳なさそうに返されてしまった。
「魔法を体へ結びつけるって言うのは、あまり見ないんです。ユノさん、本当に才能はありますよ」
「違うんです、あれはリアムさんを見て思いついたと言うか…」
「私ですか?」
「軽々と飛び越えたり、凄く早く走ったり…そう言ったのを見てたから、私も同じように使いたいなって…」
魔法のスタイルも似たものにしたかったとか、ストーカーじみていてすみません…!そこまでは口にはせずに誤魔化すけど、きっと彼には伝わってしまうんだろう。
「でも、まだまだ…自身を強化するなんて出来ないですし、纏わり付かせる程度なんですけどね」
「それじゃあ…今度はそっちも、一緒に練習しましょうか」
「良いんですか…?」
「もちろん。企業秘密でしたけど…ユノさんだけは、特別に…ね?」
ああ…そんな人差し指をたてて首を傾げるなんて…まるで乙女ゲーのような動作で特別だなんて口にしないで欲しい…本当に格好良くてきゅんとする。昔はそれだけだったのに、最近覚えてしまった刺激のせいで、少しだけ下半身がむずっともした。なんで私の体、こんなにはしたなくなっちゃったのかなぁ?!せめてバレませんように…!
きゅっと唇を噛んでリアムから視線を逸らし窓の方へと向ければ、練習場の真ん中には赤い髪をなびかせたローズが立っていた。
「…あ」
「ん…?」
なんとなく、足が止まる。私に合わせるようにしてリアムも立ち止まると、私の背後から窓の外を覗き込んだ。
「あの生徒は…」
「ローズさんって言うんです。すごい美人ですよね」
「…そうですね。私はユノさんの方が好きでけど」
「え…?!あ、ありがとう、ございます…」
いきなりの好き発言に、思わず照れる。推しに好きって言われるなんて…一生慣れない自信がある…じっとしていられなくて、ローズから更に下の窓枠へ視線を落とし、肩に掛けられているコートをきゅっと掴んだ。
「なんだ、あれ…」
もじもじしている私の後ろから聞こえた呟き声。それから、背中にリアムの体温を感じる。私にくっつくと言うよりは、練習場を更によく見るために覗き込むような動きだ。あまり見たことのない反応をしているリアムに釣られるように顔をあげると、いつの間にか外は薄暗くなっていた。
「有り得ない…」
リアムの口から漏れた言葉に、無言で頷きを返す。
普通、魔法を使うだけで大規模に天候を操るなんて有り得ない。だけど有り得ないことは更に続いて、ゴロゴロと雷が鳴り、ローズを中心として巻き起こった風が周りの木々までも揺らしていく。
ゆっくりとした動作で片腕を上げる彼女は禍々しさに包まれていて、すごいなんてのを通り越し、恐怖のみを感じてしまう。
「まずい…!」
聞いたことの無い切羽詰まった声と共に、腕を引っ張られて強く抱き寄せられる。それと同時に体全身に浮遊感を感じたけど、それも一瞬の出来事で…
次の瞬間には、轟音が響き視界が真っ暗へと暗転、続いて衝撃が走る。そこまで痛くはないけど、衝撃は受身も取らずに倒れたために、全身に渡った。
わけも分からず、本能的に感じる恐怖のせいで、目の前の柔らかい物に縋り付くようにして数秒…優しく背中をさすられた。
「大丈夫ですか…?」
聞き慣れた優しい声で、恐る恐る目を開くと、目の前に超至近距離のリアムの顔があった。目を開いてすぐに飛び込んできたのがリアムだったお陰で、少しだけ落ち着けた。
「リアム…さん…?」
「どこか痛むところはありますか?」
状況が理解出来ず、ぼうっと彼の顔を眺めていた私へ、もう一度真剣な顔で問いかけられ、やっと質問されていることに気づく。
反射的に大丈夫です!と返せば、彼はやっと詰めていた息を吐き出した。それから、肘をつき上体を起こしたリアム…と、胸にすがりついている私…
これはもしかしなくても、リアムが私を庇って下敷きになってくれたんだろう。全力の体重を彼に掛けて倒れ込んでしまったのだと気づいた瞬間に、サッと血の気が引く。
「ごごごめんなさい…!?」
潰れてないかな?!とテンパりながら退こうと足に力を入れて、膝に鈍い痛みが走る。どうしたのかと見てみれば、擦りむけて血が垂れていた。下半身の上へ跨ったまま動きを止めたせいで、リアムにもすぐ私の怪我を見つけられてしまう。
これ以上迷惑をかけるわけにはいかない…!気にせずに立ち上がろうと力を入れたけど、怪我は思った以上に重傷のようで、力が入らず彼の腹筋の上へ手をつくだけで終わってしまった。
「動かないで」
終いには少しだけキツめの声で言われてしまい、動きを止める。そうすれば、下にいたはずのリアムは軽々と私を抱き上げて立ち上がった。彼のシャツにだって所々血が滲んでいるから怪我をしているはずなのに…不甲斐なさに泣きそうになる。
だけど、泣き出すよりも先に、横抱きにされ高くなった目線の先に飛び込んできた風景に絶句した。
私たちがさっきまで立っていた場所の壁は崩壊して、床も抜けている。2階分に渡って丸く抉られている校舎は、いまだに粉塵が舞っていて、パラパラと瓦礫が落ちる音が聞こえていた。ぽっかり空いた穴の向こうには練習場が広がっていて、呆然としている先生やクラスメイトたちが見える。その真ん中に立っている少女、ローズだけが上げていた腕の力を抜き降ろしていた。
リアムが一緒にいてくれなかったら、私は死んでいたかもしれない。
やっと状況が飲み込めると、途端に恐怖が襲ってきた。信じられないような魔法をローズが撃ち、校舎の崩壊。その現場に居合わせたんだ…
「なに、これ…」
震える息を吐きながら、逃げるようにリアムの首元へと顔を埋める。
こんな…こんなの展開、知らない…ゲームの中では、こんなこと無かったのに…
ようやく外から叫び声や悲鳴が聞こえはじめて、現実味が帯びてくる。ざわつきから逃げるように踵を返してくれたリアムに抱かれながら目を閉じた。
彼女は、ローズは、一体どのルートへと向かおうとしているの…?
「大丈夫…すこし、眠っておきましょう」
ひどく優しい声でそう語りかけられ、そこで意識は途絶えてしまった。
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