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8月22日
試験中にローズが起こした事件は、結局魔法の暴走と言う形で片付けられてしまった。
暴走なんかじゃなくって、故意に彼女が発動させたのは明らかだったけど…それを認めてしまうと、彼女が危険人物として国側へ身柄を拘束されることになるらしい。
数日後に全身黒ずくめの集団がきて、ローズと話したり調べたりして、そう言う結果になっていた。
リアムの所から帰る途中にちょうど見かけたローズは、黒ずくめ集団の中の一人、リーダー格っぽい男の人と嬉しそうに会話をしていた。結構危ない立ち位置になってしまっただろうに…なんであんな顔ができるんだろう。
おまけに、話していた男の人はフードを被っていて、よく見えなかったけど…一瞬だけ見えた顔は、ぞっとするほど冷たい表情だった。
初めて見る人達に、想定外なローズの行動…不安は増す一方だったけど…そんな事も、日が経てば段々と薄れて行く。
故意なのか事故なのかは分からないけど、殺されかけただけに、ちょっとだけローズへ苦手意識を持ちながらも、私はいつも通りの毎日を送っていた。
「よいしょ…!」
ノートと言えども、クラス全員分が積み重なればそれなりの重さになる。こんなに荷物がある日に当番に当たるなんて…運が悪い。
放課後、閑散としている教室で気合いを入れながらノートを持ち上げた。こう言う仕事こそ、イヴァンとかが向いてるんじゃないのかなぁ…!そう思っても、彼は授業が終わると同時に教室から出て行ったから、すでに居るはずも無い。
自分の鞄は後で持ってこよう…これ以上は荷物を増やすのはキツイ。ふらつきながら教室を出て、目指すはサブ棟の中にある特別教室だ。
時々抱え直しながら渡り廊下まで到着した所で、何してるんだ?と向かい側から声をかけられた。顔を上げると、不思議そうな顔でこちらを見ているリーンハルトが立っていた。
「あ…えっと、今日当番だから、提出しに行くんだ」
「…アンタ一人なのか?」
「え?うん」
「当番は二人一組だったはずだろう」
「そうなんだけど…なんか用事があるみたいで…」
「アンタなぁ…はぁ…少し寄越せ」
何か言いたげだった彼は、ため息混じりに私の方へと寄ってくると、半分以上を代わりに持ってくれた。一気に軽くなり、腕が楽になる。
すごい…!細っこく見えても、男の子なんだなぁ…!大変失礼なことだろうけど、結構感動する。
「あ、ありがとう…!」
そのまま一人でスタスタと先を行ってしまうリーンハルトの背中へ、声を掛け追いかけた。何も言わないし、こっちを振り返ってもくれなかったけど…耳が赤くなっているのはばっちりと見える。
なんだか可愛いなぁ…そう心の中でだけ思ったはずなんだけど、自然と笑いとして声にも漏れてしまったようだ。即座に聞きつけた彼は、勢いよく振り返り、私の方を睨み付けてくる…けど、真っ赤な顔だ。
何笑ってるんだよ!と怒られてしまったけど、それすらも可愛くって、やっぱり笑ってしまった。
「あれ、先生居ないのかな…?」
ノックをしても反応が無かったため、教室の扉を開けて中を覗き込んで見れば、広いその部屋には誰一人いなかった。
教室を見渡す私の隣を、リーンハルトは遠慮無く通り抜け、先に室内へと入る。ドサっと持っていたノートの束を教壇の上へと置く。
「だ、大丈夫…?」
「教室なんだから、僕らが入っても何も問題無いだろう」
「…そ、そうだよね…?」
特別教室ってだけで、入って良いのか迷っている私とは比べ物にならない程に堂々としている…彼がいてくれて良かったと、しみじみ思った。
持ってきたノートを教壇の上へ置いて、一息つく私の後ろで、リーンハルトは授業で使われている資料がまとまっている所を覗き込んでいる。用事が済んだらさっさと戻ろうとしてたんだけど…さすがに手伝ってくれた相手を置いて行くのも気が引ける。
彼の後ろから同じように覗き込んでみて…目に留まったのは、カレンダーだった。
授業の予定が書かれているそれは、9月の3週目のある日付だけ何も書かれていない。この日は普通に平日で、授業があったはずなんだけど…なんでだろう…
じっと見つめ過ぎていたのか、リーンハルトも私の視線を追いかけてカレンダーを見ると、そんな時期かと呟いた。
「そんな時期って…?」
「知らないのか?9月の3週目のこの日と言えば、感謝祭があるじゃないか」
あ、そういえば9月ってお祭りのイベントがあったんだ。なるほど、それがこの日になるのか。
確かにゲーム中に決まった日に毎年あるとは説明されていたけど、日付までは覚えていなかった。
「不本意ながら授業も休みになるからな…」
「へ~、楽しみだねぇ」
「そんなわけあるか!貴重な授業が潰れるんだぞ」
「まあ、それはそうなんだけど…」
1年しか無いわけだし、リーンハルトの言ってることは最もなんだけど…だけど、街中がお祭りを楽しんでる日ぐらいは、楽しみたいと思うのは仕方の無いことだと思う…
リーンハルトルートだと、ストイックすぎる彼と感謝祭の日を一緒に過ごした場合、街には降りずに部屋に籠もって研究のお手伝いをして一日が終わるはずだ。窓越しに見える風景に、来年は一緒に見て回るか、なんて少しだけデレてくれたりもしてくれた。最近イレギュラーがあったせいで、現状の本人を見て納得のシナリオになんだか安心してしまう。
それが微笑ましいものでも見るような顔をしてしまっていたのか…リーンハルトに、なんだよとふて腐れた顔をされてしまった。
「ううん、ごめんね。なんか、リーンハルトらしいなって思っただけで…」
「煩いな…どうせ、出かける甲斐性もないやつだよ」
「そんなことないって。そこまで研究に没頭出来るのは本当に凄いなって思うよ」
「…アンタだって、今回は頑張ってたじゃないか」
「え…?」
「中間考査…5位だっただろ」
「ああ、その節はお世話になりまして…」
「そう言う!」
突然振られたのは、リーンハルトにも大変お世話になった話題。改めてお礼を言おうとしたんだけど、全て言い切るよりも先にリーンハルトの声が遮った。
驚いて彼を見つめると、頬を赤く染めてそっぽを向いたまま頬を指で掻いている…なんちゅーツンデレのテンプレ動作…
「そう言う…素直な所と、妙に根性がある所は…凄いと、僕も、認めてるんだ…」
驚いた…まさか、ここまで好感度が上がってるなんて…!しかも、生で頂いたデレは、想像以上にくるものがあって…リーンハルトの赤面が移ったように、私の頬まで段々と熱くなっていってしまう。
リアム一筋なのは譲れないんだけど…なんだけど、いたたまれなくなって、両頬へ手をあてる。
照れている私に気付いたせいで、更に恥ずかしくなったであろうリーンハルトは、僕は戻る!と言うと背を向けて早足気味に扉の方へと進んでいった。
「それから!」
まだ何か…?!教室を出る直前、振り返った彼は、しっかりと私の目を見つめてきた。あまり顔を見て話さないリーンハルトが、こうやって面と向かうのは珍しい。
思わず姿勢を正して見つめ返した私へ、彼はぎこちなくだけど笑顔を作った。
「ローズの事故の件…崩落現場にユノが居たと聞いた。アンタが無事で良かった」
すぐにいつも通りのしかめっ面へと戻ると、私のことなどお構いなしに教室を出て行ってしまった。
す、すごい…これが、ギャップ萌えなのかしら…衝撃的なツンデレの笑顔のせいで痛めた心臓を、服の上から撫でる。
ゲーム内ではあまり人気が無かったキャラだったけど…やっぱり、ゲームと現実は違うんだなぁ…彼の笑顔は、しっかりと心のアルバムに刻んでおこう。
◆
「9月22日は、お暇ですか…!」
リーンハルトとノートを提出した後、教室に戻った私は鞄を持ってすぐにリアムの所へと走った。
いつも通り、バックヤードへとお邪魔してお茶の準備が終わった所で、背筋を伸ばして隣に座っている彼氏へ向かって問いかける。
突然の私の質問に、一瞬きょとんとした顔をしていたけれど、すぐに察しが付いたようで小さくため息を零されてしまった。
「ユノさんってば…私から誘おうと思っていたのですが…」
「え…!?す、すいません…?」
「そうです。悪いと思うのなら、その日は一日、私のために空けておいてくれますか?」
髪の毛を耳に掛けながら、首を傾げる姿がエロい…二つ返事で返した私に、リアムは良かったと小さく微笑んだ。
「それにしても…ユノさん、感謝祭のこと、知りませんでしたよね?」
「今日リーンハルトに教えて貰ったんですけど…な、なんで分かるんですか…?」
「おや、これでもユノさんのことをしっかり見続けてきたんですから。それぐらい分かりますよ」
私、そんなに分かりやすい性格してるのかな…遠足の前日は眠れないタイプってわけでもなかったけど…リアムとデートって言われたら、確かに1ヶ月前からそわそわはしちゃうかもしれない…彼が指摘しているのは、そう言う所だろうか…
「それよりも…リーンハルト君とは、どこでその話を?」
「え…?」
ぐっと距離を縮めてきた彼に、少しだけ後退るけど、すぐに距離が埋められる。あれ…もしかして、少し妬いてる…?少しだけ不穏な空気を察知したけど、何もやましいことは無かったし…誤魔化す方が怪しまれるだろう。正直にあったことを言うに限る。
「放課後です。ノートを提出しに行こうとしたら、手伝ってくれて…」
「…二人でですか?」
「はい…本当は他の子と行く予定だったんですけど、用事があるみたいで…一人だった所を、彼が声を掛けてくれて…」
おかしい…やましいことは何一つなかったはずなんだけど、こうやって聞かれると、なんだかいけないことをしてしまった感がすごい…
反射的に謝ろうとしたけど、それよりも先にリアムの口からすみませんと謝罪の言葉が漏れた。
それから、肩に彼の頭が乗ってきて擦りつけられる…この、たまにされる甘えるような仕草に弱い…!いつも大人で格好いいのに、可愛い一面も見せつけてくるんだからずるいよぉ…!
「リアムさん…?」
どうしたんですか?って意味も込めて、彼の後頭部へ手を差し込めば、絡まることの無いサラサラの髪の毛が指の間を滑り落ちていく。
「交友関係にまで口を出してはいけないと分かっているんですが…ユノさんが、どんどん素敵になっていってしまって…」
大人げなくてすみません、ともう一度謝ってくるリアムが愛しすぎて…気付けば思い切り抱きしめていた。
良いんです、独占してくださって良いんですよ…!引かれるだろうから口にしてないだけで、私の方が独占欲まみれだし…許されるならずっと一緒に居たい。けど、それじゃあリアムの隣に立つには恥ずかしいから…だから、頑張っているんだ…!
「リアムさんの方が素敵ですよ…!私には、本当に勿体ないくらいだし…」
「君は自分の魅力を分かっていないから…」
「そんな、ただの田舎娘ですよ?」
「言いましたね。そうだな…来週末は空いていますか?」
「?空いてますけど…」
「では、朝に迎えに行きます」
「え…??」
「覚悟していて下さいね」
いつの間にやら復活したリアムは、私の額へと軽くキスをしてから少しだけ悪い顔をして笑う。私は一体、なんのフラグを建ててしまったの…?!
慌てて詳細を尋ねてみたけど、お楽しみですと笑うだけで躱されてしまったのだった。
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