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11月1日
11月に入るとすぐに、卒業の就職先についての説明会が行われた。
業種はかなり豊富な方だと思うけど、全てが魔法を必要としている物だった。その技能を生かすために1年間勉強させられてるんだから、当然と言えば当然か。
騎士など魔法必須ではない職業も一部あったけど、配属先は特務隊と言ったエリート枠みたいだ。
そして、その業種全てを管轄しているのは国。ただの村娘が、魔法を使えるってだけでここまで出世できるなんて…奇跡のような力だと思う。
私はどこを目指して行こうか…出来れば、得意とする魔法と相性の良いところが良いなぁ…。
女騎士なんて華やかな職業にも憧れたりはするけど、鈍くさい私じゃ話にならないだろう。
ゲームでは卒業後のストーリー描写は無い。だから、ローズが何の職についたかは不明だし、就職するのに何があるのかすら分からない。
それぞれ独自の採用方法を取っているって、さっきの説明会だとあっさりとした説明があったけど…まあ、将来働く所の情報なんだから、希望する職の採用方法は自分で調べなさいって意味なんだろう。
放課後、参考までにリアムに就職した時はどうしたのか聞いてみたら、ちょっと考えた後にそういえばスカウトでしたと回答が返ってきた。しかも、数カ所からの。
スカウト自体は既に学園側へ来ていて、生徒にはこの説明を行った日を解禁日として、個別に通知が行くらしい。残念ながら、私には何も来ていない…
「うう…ちゃんと就職出来るかなぁ…」
「ユノさんなら大丈夫ですよ」
ティーカップ片手に優しく微笑みかけてくれるリアムに、少しだけ心が救われる。この1年、真面目に勉強はしてきたつもりだけど…そろそろ気合いを入れて将来の事を考えなきゃいけない時期なんだ。
憂鬱な気分で、冷めてしまった紅茶を胃へと流し込んでいたら、来客を知らせる鈴の音が響く。私へ断りを入れてから、リアムは立ち上がった。
バックヤードに引っ込んでいるため、表へと続くドアを開け顔を出して…珍しく、そのまま固まった。
「お邪魔するよ、リアム」
「貴方…」
「少し話があって。ユノさん、借りても良いかな?」
え、私…?
聞き覚えのある声が私の名を呼んでいる。何事かとリアムの近くまで寄れば、彼は困ったような表情を浮かべてこちらへ振り返った。
その先には、教室で別れたはずのラミが立っていた。
◆
「ごめんね、僕の部屋まで来させちゃって」
「い、いえ…」
同じ寮の個室だよね、ここ…?部屋の広さは同じはずなんだけど、置いてある物が豪華すぎて…全く違う印象を受ける。使ってるベッドは一緒なのに、枕とかシーツとか変わるだけで、こんな良いものに見えるんだね…
財力の違いを見せつけられて、勝手にショックを受けている私に気付いてるんだろうけど、華麗にスルーしたラミは、どうぞ座ってと椅子を進めてきた。
ふらふらしながらも進められた椅子へ腰掛けると、向かう合うように置かれているもう一脚へ彼も座る。
「学園じゃ、誰が聞いてるか分からないから」
「寮なら安全なんですか…?」
「少なくとも、僕の部屋なら。防音対策してるしね」
長い足を組んで、とんでもない事を口にする。防音…風系の魔法か、魔法道具で実現化出来る技術だけど、ラミは風は使えないはず。となると道具を使ってるんだろうけど、これは非常に高価なものだ。効果時間も長くなくて、最長で24時間。
そんなものを平然と使っているなんて…さすがは王子様…金がある人は違うなぁ…
「そうだな…まずは、僕の事を話そう。僕の名前はラミエル、この国の第5王子だ。王子として学園へ入学すると面倒くさいからね…今はお忍びでここにいる」
それは存じ上げております。初めて貴方と会った日から、貴方が王子だってことは知ってました…第5だったのは、今知ったけど。
だけど、突拍子も無いカミングアウトに驚いてるのは間違い無い。呆然と彼を見つめる私に、信じられないかもしれないけどね、と苦笑した。
「もし疑うようならば、職員に聞いてみると良いよ。彼らは知っているから。もちろん、リアムもね」
「あ、えっと…疑っているわけじゃ…」
ローズ相手にするべきカミングアウトをなぜ私にしているのかってことに驚いてるんですよ…!
しどろもどろの私に、ラミはそっかと少しだけ安心したように息を吐いた。
「それで本題なんだけど、僕はユノをスカウトしに来た」
「スカウト…?」
「君には、僕の下について欲しい」
「…ラミの…下って…」
「学園卒業後、僕専属の侍女になって欲しいんだ」
「侍女…?!」
待って、頭が追い付かない…!
侍女って、あれだよね、身の回りのお世話するあれだよね…?しかもラミ専属って…つまりは、イヴァンと同じようにラミの部下になるってこと…?王子様の…?
「私が?!な、なんで…?!?!」
思わず心の声が漏れた。しかも大声で。王子様と分かっている相手に、思いっきりタメ口をきいてしまった…!
慌てて口を押さえたけど、取り繕うことも出来ない。
「あっ、えっと、その…!」
「あはは、いいね!予想以上の混乱っぷりだ」
「すすすすすみません…!」
「大丈夫、僕はそういうの気にしない方だから、今までと同じように接して?」
貴方が良くても、私の立場がありますけどね?!出そうになった言葉を飲み込むのを、ラミは楽しそうに眺めている。くぅ…腹黒い…!この人全部見通して言ってきてるよ…!
「君を選んだのは、単純に、逸材だからだよ」
「いつざい…」
「魔力と常識を持ち合わせているのは大前提。僕へ媚びないし、心に決めた人がいるから惑わされることも無い。それに、ユノの魔法も都合が良い。これほどの人材だ…絶対手に入れたいと思っている」
確かに、リアムからぶれない私はラミが欲している人材そのものかもしれない。ラミに陶酔してしまう女性が多い現状、その条件を満たす人を探すのはなかなかに難しいだろう。私の魔法については、ちょっと分からないけど…
「給金については弾むよ。通常の侍女や使用人とは訳が違う…倍は出ると思ってくれて良い」
「そんなに?!」
「今回のスカウトの件、是非、リアムにも相談してみて欲しい。それと…断るのも有りだが…その場合、就職するのは大変かもしれないね?」
ヤダー、それ、私に拒否権無いって事じゃないですかー
「考えてもらえるかな?」
「ハイ…!」
一際爽やかに微笑んだラミに対して、私は大きく返事を返すことしか出来なかった。
◆
「と、言うことがあって…リアムさんにも相談してみて欲しいって言われて…」
「あのクソ王子…」
次の日の朝。早速リアムへ昨日の話を報告する。私と違い、驚くことも無く黙って聞いていてくれたのに、最後の一言を聞いた瞬間に、あからさまに嫌な顔をしながら思いっきり舌打ちをした。
おおう…リアムさん、ラミのこと結構嫌いなのかな…?
しっかし、昨日は就職できるかななんて不安だったのに…突然の大出世確定だ。ラミのことだから、絶対に私を侍女にするつもりなんだろう。田舎娘の私に言うなんて、無茶ぶりも良いところだ…!礼儀作法とかどうすれば…。
「ど、どうしましょう…」
「…そうですね、ユノさんは、攻撃系は苦手でしたよね?」
「え…?そうですね…?」
「ですよね…では、やはり防御特化型として進めた方が良いかもしれません」
「えっと…?」
いきなりの魔法の話に首を傾げる。なんで魔法が出てくるんだろう…?わけも分からず答えている私に気付いて、リアムはすみませんと苦笑を浮かべた。
「ラミエル王子の侍女は、最高の就職先でしょう。断ることも出来ませんし、受ける方向で進めるしか無いんですが…あの方は、相当な野心家なのも確かです」
「野心家…?」
「ええ、次の王になるための努力を惜しまない…それが己では無く、国の為なのだとしても、敵を作ることが多いでしょう」
そうだったのか…学園のラミしか知らなかったし、ゲーム中では恋愛面が色濃すぎて、そんな話はほとんど出てこなかった。確かに、より良い国にしたいと口にしていたような記憶もあったけど…実際には、既に色々と動いているのかもしれない。
「ユノさんの水の茨を、一介の騎士が破ることは無いでしょうが…念のためにも強化をしておいた方が良いでしょう」
え、私の魔法ってそんな強いの…?騎士より強いとか、女としてちょっと複雑なんですが…
それはばっちり顔にでていて、一般人と比べれば仕方ありません、と苦笑混じりに慰められてしまった。
「だからこそ、私に話しておけと…ラミエル王子も仰ったんでしょう」
「そうなんですか…?」
「ユノさんの魔法面の強化と…諸々、なんとかしてみます」
任せて下さいね、と首を傾げながら微笑む推しの姿が可愛すぎて、反射的に頷いてしまう。
なんだか大変なことになってきてしまった。期末テストだってあるのに、それどころでは無いような…いやでも、ここで順位を落としたら、絶対ラミには怒られる…気合いを入れて、頑張らなきゃいけない…!
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