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11月15日
「もう終わりですか?」
「ッ、まだまだぁ…!!」
煽るようなリアムの声に、歯を食いしばって腕を上げ、目前へ迫っていた枝を叩き落とす。
軽く息を吐いたのも束の間、追撃とばかりに投げられた小さな枝は、再び風魔法を加わえられて迫ってきていた。
先程同様に、突然直角に曲がるなんて不自然な動きを取りながらこちらへ近づいてくる。手加減をしてくれてるんだろうけど、更にスピードがあった為に目で追うのだけでも必死だ。予測なんて到底出来ないトリッキーな動きに、神経を集中させる。
後10m…5m…、よし…!射程圏内!!叩き落とすため、自身に纏わり付いている茨を伸ばす。なるべくスナップを効かせて…振りかぶる…!よしっ、ホームラン!
決まればバッティングみたいで少しだけ気持ち良い。ゾクっとする快感に唾を飲み込むところで、背中に衝撃が走った。
「ひっ?!」
「はい、捕まえた」
後ろから抱きしめられて、耳元でリアムの囁く声が聞こえる。
さっきまで枝の向こう側にいた彼は、いつの間にか私の真後ろに立っていて、完璧に負けたことを悟った。
「また…負けた…」
「回数を重ねる度に上達してますから、ユノさんは飲み込みが早いですよ?」
体を解放してくれた彼は、落ち込んでいる私の頭を優しく撫でてくれる。
「反省も兼ねて、まずは休憩しましょう」
汗だくで息も絶え絶えの私とは違い、リアムはいつも通りだ。
私よりも動いて居るはずなのに汗ひとつかかない彼に支えられながら、荷物を置いた木の根元まで歩いて行く。汚れないようにと敷かれた布の上へ腰を下ろせば、一気に体が重く感じた。
持参してきたタオルを鞄から引っ張り出して汗を拭う。隣に腰を下ろしたリアムからは、甘い良い香りが漂ってきた。
「どうぞ」
「ありがう…ございます…」
水筒のような物から注いだ飲み物を受け取り、両手で握りしめると、ほんのりと温かい。口に含めばココアの味が広がり、甘さが体を癒やしてくれる。
「おいしい…」
「良かった」
ぽつりと漏らした独り言は、自分の分を入れていたリアムにも届いていたようだ。
同じように一息ついている彼と並んで、夜の森の中に居るのは不思議な気分だった。
事の切っ掛けになったのは、先日のラミからのスカウト事件。
リアムが、私の魔法を強化をする手伝いをしてくれることになったけど、場所が問題になった。
練習場は自由に使用出来るが、あそこは中庭に位置してるために校舎から覗き込むことが出来る。さすがに、リアムに教えてもらっているのを他の生徒に見られるわけにもいかず…どこが良いかと相談をしてみたら、売店が終わった後で時間を取れるかとだけ聞かれた。
二つ返事で頷き、売店終了時間まで一緒に過ごしてから連れてこられたのは、以前天体観測で訪れた森。色々と衝撃的だった思い出を振り返りつつ、リアムの案内で中を進めばかなり開けた場所へと出てきた。
森自体行く機会が無いために、こんな場所があることすら知らなかった…呆然としている私に、学生の時に自分もここで練習をしていたんです、と照れながら教えてくれた。
その時の尊さと言ったらない…!初めからなんでもこなせそうな彼でも、そうやって努力してきて…それを私に教えてくれる…。
そんなの好きになるでしょう…!もう振り切ってるぐらい好きなんだけどね…!
「目の前に集中しがちなので、もう少し周りを見渡すことも頭にいれましょう」
「はい」
「自身の間合いを計るのは完璧です。茨のコントロールも良くなってきていますよ」
「はい」
リアム先生からの大変為になるダメ出しに頷く。リアムに捕まらないようにする、それが訓練の内容。
言葉にしたら至って簡単そうなだけど、実際に行ってみれば散々な結果だった。最初は本当に迫ってくるリアムから避けるだけ。茨を使って本気で攻撃をしてくださいと言われて怯んだけど、相手を気遣う余裕もなくなるほど彼はすごかった。
そりゃあ現役の諜報員だ、囓った程度の小娘に負けるはずもない。茨を展開しているはずなのに、秒速で捕まってしまう結果に終わった。
そこからちょっとずつ、相手の動きを見る、流れを読む、間合いを計る、と段階を踏んでいき、やっと攻撃を避けながら身を守る所までこれたわけだ。
攻撃と言っても、小さな枝に風魔法を込めて投げてくるだけ。当たっても痛くもない程度にまで手加減してくれている。
「だけど、自身の限界を見誤るのは良くないです。これは命取りになる」
「…限界?」
「ユノさんは今、限界の状態になってます。それは分かりますか?」
そこまで張り切ったつもりはないんだけど…むしろ、少し休憩したから回復すらしているはずだ。リアムの言葉が信じられずに見つめていると、苦笑を浮かべた彼に立ってみて下さいと指示される。
言われた通り、飲み物を置いて立ちあがり…とんでもない目眩に襲われた。目の前が白くなり、体の自由が効かない…そんな貧血気味な体が倒れ込んだのを、抱き留められる。
「常に冷静であること。興奮すれば、見誤りやすくなる」
「…ごめんなさい…」
「謝ることは無いです。こう言うのは、実際に体験した方が分かりやすいですし」
自分のことなのにリアムの方が詳しいなんて…なんだか情けなくなる…
もっと練習をしたい所だったけど、そろそろ戻りましょうかと会話を切り上げたリアムに対して何も言うことは出来ず、素直に頷くしか出来なかった。
◆
体全身で感じる、少し低いリアム体温が心地良い。立ちあがることも出来なくなった私を、嫌がりもせずに背負ってくれたリアムは、ゆっくりとした足取りで学園を目指し歩き出した。
一定のリズムで揺れるためか、眠くもなってくる。出掛かった欠伸を噛みしめていたら、寝てても良いですよと下から聞こえてきた。私のことなどお見通しのようだ。
「まだ気持ち悪いですか?」
「いえ、気分は大分良くなりました。体の自由だけ効かなくて…すみません」
「いえいえ、役得ですよ」
お世辞無く、そう思っていてくれたら嬉しい…。優しい彼に甘えるように、首元へ顔を擦り寄せる。ほのかに薬品のような匂いがした。
「本当は…こんなこと、させたくない」
「え…」
「…アンタには、もっと安全な職に就いて欲しかった」
「リアムさん…」
感情を感じさせず、淡々と口にされたのは、きっと彼の本音。文句一つ言わずに、私の為にと協力をしてくれたし、今後もしてくれるんだろう。だけど、本心では快く思っていないんだ。
それでも、私にだって意地はある。最初は戸惑いもしたけど、王子の侍女に抜擢されるなんてとんでもない昇進…危険もあるって言われても、チャンスを棒に振りたくは無い。
なにより、リアムの隣へ立つんだ、侍女になるぐらい…したいじゃない。
「でも、なりたいんでしょう?侍女」
「…はい」
「それじゃあ、私が出来る限りで応援しないと」
「…有り難うございます」
「ラミの思惑通りに事が進むのは、腹立たしいですが」
今度ははっきりと不機嫌そうな声。顔は見えていないけど、口でも尖らしてそうな言い草に、少しだけ笑ってしまった。
これを切っ掛けに、安心してしまった私は、急速に体の力が抜けていくのを感じる。リアムの背中も心地よくって…再び襲ってきた睡魔に簡単に負けてしまった。
ゆっくりと閉じられる瞼のせいで、視界が閉ざされる。
「ユノさん…?」
呼びかけてくるリアムの声に答えなくちゃ、と思っても口が動かない。魔力を消費しすぎたのかも…やたらと眠い…覚えていたのはそこまでで、リアムに背負われたまま、深い眠りの中へ落ちていった。
◆ ◆ ◆
背中にいたユノが大人しくなったのを感じる。一定で聞こえる深い呼吸音に、寝落ちたのだと言うのが分かった。
ラミにスカウトされたと、顔を青くしながら相談してきて数日…引き受けると決めた彼女は、俺の特訓にもしっかりとついてきている。素質があるんだろう、成長速度は目を見張る物があった。ラミとしては、そこまで見抜いて声を掛けたんだろうか。
自分の為にと頑張るユノは応援したい。が、それが他の男のためになると分かっていると、微妙な気分になるのも仕方が無いことだろう。
それにしても、ここまでラミがユノのことを気に入るとは…彼の求める条件に当てはまりまくっているのは確かだが…いや、あの王子は巨乳好きだったか…納得できる。
風魔法を使って早駆けすればユノの部屋まで数分で着けるが、ゆっくりと寮を目指す。せっかくの恋人との時間だ、少しでも長くいたいじゃないか。
そう考えるようになってしまったとは…焼きが回ったなぁ…。大切なものなんか作るべきじゃないと分かってたのに、どうしてもユノだけは振り払えなかった。こんな俺に、熱烈な好意を示してくれる変な女…ユノのことも考えれば、俺も身の振り方を改めるべき頃だろう。潮時だな。
特に気配を消すこともせず寮の玄関ホールを通り、階段を上がった。消さなくても、一般人ならば気付きようも無いし、元よりこの寮を利用している人間は少ない。
気にも留めず上り切れば、少し先で剣を片手に驚いた顔をしたイヴァンが立っていた。
「なんだ、リアムかよ…」
「貴方、もう少し殺気を抑えた方が良いのでは?」
「うるせ、こんな時間に足音消して上ってくるヤツ居たら怪しいと思うだろ」
ふて腐れるイヴァンに構わず、前を通り抜けユノの部屋を目指す。話はこれで終わりだと態度で示したはずなんだが…取り合わない俺を気にすることも無く、イヴァンは背負っているユノの顔を覗き込んできた。
「ユノ…?え、なんで寝てんの…?」
「なんでだと思います?」
「え…??」
「恥ずかしながら、無理をさせ過ぎたみたいで…」
「…え、えぇ…?!」
ユノが起きる、静かにしろ!睨み付けながら目で言えば、イヴァンは真っ赤になりながら叫んだ口を自身で抑えた。
「ラミエル王子のせいですからね」
「あ、なんだよ、そっちか…」
「…はぁ。余計なことをしてくれます」
あからさまにほっとした表情で息を吐くイヴァンへ、何を想像していたのか聞けば、再び赤くなる。童貞じゃ無いって言うのに…自分で振らないと恥ずかしがるのは昔から変わらない。
彼女の部屋の前まで辿り着き、眠っている指を拝借してドアを開ける。暗い室内へ体を滑り込ませて、廊下でこちらを見守っている騎士へと振り返った。
「護衛ご苦労様です、おやすみなさい」
ここまでで結構です、という意味を込め笑顔で告げてドアを閉める。おい、とくぐもった声が聞こえたが、それをスルーして奥へと足を進めた。
ゆっくりとベッドの上へユノを降ろして、横にさせる。靴を脱がせ、制服のジャボを外し、首元も緩めてやった。毛布を掛けてやれば、幸せそうに枕へ頬ずりをし始める…その姿に、思わず頬が緩む。
ついでに、バレッタを外して枕元へ置く。感謝祭の日にプレゼントしたそれは、毎日欠かさずつけられていて、その健気さが愛おしい。
「ほんとに…」
可愛くて仕方ない。いつからこんな風に思うようになってしまったんだろうか。
髪を梳くように撫でると、擦り寄ってくる頭に笑ってしまう。
「就職先なんて、私の所で良いじゃないですか」
まあ、今は、周りに頼らず自立しようと必死に頑張る貴女を応援しましょうか。
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