12月25日その2

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12月25日その2

   12月に発生する、討伐イベント。心が通じ合った二人が、更なる困難を乗り越えて繋がりが強くなる…ゲーム内でも印象の強いイベントだ。  ルート入りしてればそのキャラと。していなければ、好感度が一番高いキャラと発生する。  後方の比較的安全な地帯へ私たち学生は配備される。前方を先生方が守っているので、そこを突破しない限り魔獣と戦闘することもない。  そんな条件にも関わらず、配備された先で魔獣が出現。しかも、かなりの強敵で、テンプレ通りヒロインが狙われる。間一髪、攻略キャラが庇って攻撃を避けることは出来るんだけど、魔獣の一撃のせいで足場が崩れて二人揃って崖下へと落下。一晩を過ごすっていう王道な感じだった。  結構な高さから落ちたはずなのに二人とも怪我は無くて…そこで更に距離感が縮まり、キャラによってはエロイベントへ突入。これがゲームでの討伐イベントのシナリオ。  そして実際も、ゲーム通りに話は進んでいった。  すぐに作戦概要を説明され、軽食を挟んでから指示されたポイントまで移動を始める。学園から汽車に乗り向かうと言われた時は、そんな遠くまで行くのかと吃驚した。けど、言われてみれば郊外って最初から説明をされていたわけだ…汽車に乗るのは当たり前のこと。いよいよ現実味を帯びてきた。  ふと頭に過ったのは、家族のこと。実家も、北ではないけど郊外にある田舎の方だった…防衛線を抜かれそうなのは北だけって話だったけれど、大丈夫かなと少しだけ心配になった。この戦いが終わったら、家族に手紙でも出そうかな…暮れ始めた空を眺めながら、そんなことを考えて、思わず笑ってしまう。 「なんだこれ、死亡フラグみたいじゃん…」  周りに座っているクラスメイトの士気はローズを中心としてやっぱり高いままだ。そのせいか、私の独り言もすぐにかき消されてしまった。  小さく息を吐いて、ふと窓に映った煌めきへ目が留まる。固い表情を浮かべた私の髪に留まっている、バレッタ…それにはめ込まれている緑色の石が、夕焼けに反射していた。 「リアムさん…」  諜報員である彼は、こんな戦いには向いていない。闇に乗じて敵を討つ、それが暗殺者の仕事なのに…それでも、駆り出されてしまったのかな…。リアムの身を案じると共に、せめて一目見てから出撃したかったな、と思ってしまう。  バレッタへ手を伸ばし軽く力を込めれば、パチっと固い音を立てて留め具が外れた。お気に入りのそれに小さくキスをして、祈るように胸元で抱く。  どうか、無事でいて下さい。私も、絶対に無事に還ってきます。  ◆  真っ暗な森の中を進むのは、正直かなり怖い。  生徒で列を作り歩いているから、少しは恐怖も和らぐかと思っていたけど…時折聞こえる獣の唸り声、カサカサと揺れる草の音。安全な学園内の森ではないのだと、常に言われているような緊張感。  それは他の生徒たちも同じようで、さすがに騒いだりはせず気を配りながら歩いていた。  強敵に襲われる可能性が高いことは知っているけど、それがどこでなのかまでは分からない…精神的にきそうだとは思っていたけど、ここまで疲弊するものなのか…。明らかにクラスメイトよりも参っている私は、無意識に止めてしまっていた息を吐いた。  それを耳にしてなのか、前を歩いていた男子生徒が振り返ってきた。私の顔を見て、大丈夫かと声を掛けられ、反射的に口角をあげた。きちんと笑えてるのか分からないけど…頷きで答えを返す。何か言いたげだけど、大丈夫と声でも答えれば、彼はそれ以上何も言ってこなかった。  指定ポイントまであと少し…そんな時だった。  突然前方で悲鳴が聞こえ、鈍い金属音が響く。下がれと怒鳴る声は、イヴァンだろうか。隊列は乱れ、動揺が走る。目が眩む程の光が上空から降り注ぎ、魔法を使ったのが分かった。 「待て!クソッ!!」  頭上を大きな何かが通り過ぎる。それと同時に、後ろで悲鳴と共に地面を蹴る音がした。振り返れば、私の目の前には巨大な魔獣が立っていた。  ライオンのような体と顔をしているのに、背中には山羊、尻尾は異様に長く先には蛇の頭になっていて、チロチロと舌を出している。お手本通りのキメラが、そこにはいた。  その足下には、前足で押さえつけられている男子生徒がいる。私の後ろを歩いていた人だ…体重を掛けるように更に踏み込むと、男子生徒は苦しげな声を上げた。物色するようにこちらを見渡すキメラを中心として、刺激しないように生徒達は静かに後ずさっていく。  何これ…?何これ…?!何これ…?!?!  こんな魔獣が出るなんて知らない、キメラなんて聞いてない…!キメラは自然に生まれるような魔獣じゃない…これは、人間が作り上げないと存在しない生き物だ…!  わけが分からない…何が起きているのか理解が追い付かなくて、呆然と見上げる私に、尻尾の蛇が近づいてくる。 「ひ…ッ!」  思わず上げそうになった悲鳴を噛み殺す。下手に刺激してはいけない…それだけは本能で理解できた。ゆっくりと腰へと絡みついてくる蛇は、私の顔の真横まで顔を寄せるとチロチロ舌を出す。  恐怖で足が竦む…体の震えが止まらない…なるべく見ないように前へ視線を向ければ、同じように恐怖で包まれたクラスメイトたちがこちらを見ていた。  剣を構えたイヴァンや、魔法発動直前のまま止まっているリーンハルトは、私たちのせいで手を出せず…何か打開策は無いかと、ラミは目だけで辺りを見回している…  必死に私たちを助けようとしている人たちがいる…だけど、キメラはそれらを嘲笑うかのように、蛇の尻尾をゆっくりと締め上げるように絡みついてきた。同じように、前足にも力が込められ、男子生徒の呻き声が大きくなっていく。上半身を締め上げられ、ミシっと骨の鳴る音がする…途端に苦しくなる呼吸に、目の前が滲んだ。  嫌だよ…こんなところで、死にたくない…! 「ふ…ふふ…うふふふ…!」  場違いな笑い声。気でも触れたのか…そう感じさせるような笑い声を上げた人間は、すぐに見つかった。周りに居た生徒たちが距離を置くように離れ、不自然に穴の空いたそこに、ローズが立っていた。 「これ…これだわ…!」  興奮気味に叫ぶ彼女の声に反応するように、キメラの全ての頭がローズの方へと向く。 「力を示します!見ていて下さい!」  斜め上辺りを見上げて叫ぶローズは、なぜだか恍惚としている。あの人は…何をしようとしているの…?  未だ体は蛇に締め付けられたままだというのに、ローズの方が恐怖の対象へと変わりつつある。呆然と彼女を見つめていたら…背後に茂る木の一つ、上の方の枝に黒い人影を見つけた。  全身黒い服、長い黒髪を一纏めにしている痩せ形…見覚えのある男は、感謝祭の日にローズと一緒に居た男で間違いない…!一つだけ違うのは、無表情だったあの時と違って、狂気じみた笑顔を浮かべていたところだ…  男はじっとローズのことを見つめている。やっぱり恍惚とした雰囲気も混ざっていたけれど、私が目で追えたのはそこまでだった。 「行くわよ!!」  全身が震えるほどの叫び声で耳鳴りがする。体が宙へ浮き、視界がぶれる。  キメラが唐突に吠えながら跳躍をしたんだ。挑発するローズへ襲いかかる中、邪魔だと判断された私は中途半端に宙へと放り投げた。なぜだかそのシーンだけはゆっくりと感じ…気付けば放り投げられた私は為す術もなく、近くの木へと叩きつけられていた。  何回か枝を通り抜けたお陰で少しは減速したみたいだけど、受け身も取らずにぶつかったため、痛みで息が止まる。だらしなく蹲って咳き込んだところで耳をつんざくような爆発音が響いた。  慌てて上体を起き上がらせる…あちこち痛むけど、動けないわけでは無さそうだ。  再び響く爆発音は、数回に渡り周囲を振動させた。早く皆と合流しなければ…こんなところで一人になるなんて、それこそ死亡フラグだ…!  ふらつきながらも立ちあがり、辺りが異様に明るいことにやっと気付いた。 「え…?」  不審に思い空を見上げ、絶句した。  そこには、以前実技試験の時にイヴァンが見せたような光の玉が浮かんでいた…ただし、大きさは倍以上…逃げろと誰かが叫んでいる声が聞こえる。  光は無数の光線を放ち、その一つがこちらへ飛んでくる。咄嗟に水の茨を作り壁を編み上げるのと、目の前の地面を抉るのはほぼ同時。光線は真横を通過して更に後方へと向かい消滅した。断末魔が響き、続いて重量のある何かが倒れる音がする。  ゆっくりと壁を開いていけば、一直線で木々が抉り、焼き切られているのが見えた。  そして、その先には…立ち尽くすローズと、断裂して炭のようになったキメラだった物だけが居た。  すぐに彼女の元へ黒ずくめの男が近寄り、何か言いながら頭を撫でている…それに対し、ローズは蕩けるような笑顔を浮かべて抱きつき…二人は、一瞬でその場から消えた。 「なに、あれ…」  リアムが口にしていた言葉が蘇っていく。  宮廷に仕える魔法研究者、探究心が強すぎて倫理性に欠ける…ジズと言う人物…。野生では有り得ない、人の手で作り上げられるキメラ。力を示すと言ったローズに、見物するかのように木の上に居たジズ…タイミングが良すぎる。  信じられないような出来事に放心状態でいたけれど…今度はぐらりと地面が揺れる。 「嘘…」  一瞬、地震かと思った。だけど、この世界では地震は滅多に起こらない。数百年に一度とか、そんなレベルの災害だ。  ザザザと崩れる音がして、すぐに目の前が傾く。周りの木々と一緒に、後ろへと落ちていくのが分かる。  足場が崩れて、崖下へ落下…シナリオ通り、私の足下は崩れていく。一度崩落し始めれば速いもので、本日二度目の浮遊感が体全身を襲う。 「きゃぁぁああーーーーーッ!!!!」  宙へ投げ出され、助けを求めるように腕を伸ばすが、当たり前のようにそこには誰もいない。ローズならば、攻略対象キャラが助けてくれるんだろうけど…モブの私にそんな奇跡は訪れない。  ああ…これは、ダメかもしれない…スローモーションで過ぎる景色を見ながら、そんなことを思った。
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