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12月26日その2
あの後私は、リアムのすごさを思い知った。
こんなの上るなんて絶対無理だって思った高さの崖も、リアムは簡単に駆け上って行く。私を横抱きにしながら、だ。足だけで崖上るとか…なんかもう忍者ですか…あれ、この人暗殺者だっけ…?似たようなものなのかな…??
昔、ローズに巻き込まれた誘拐事件の帰りにも、足へ風を纏わせ駆け抜けていたけど…あの時とは比べ物にならない程早く駆け抜ける。それなのに息を切らすことは無いんだから、これもすごい。
振り落とされるなんてことはリアムのことだからないだろうけど、これは忠告通り舌を噛むかもしれない。ぐっと奥歯を噛みしめ、リアムの首へと抱きついた。
◆
「あそこか」
「?」
「上がります、掴まっていて下さい」
森の中をひたすら走っていた彼が足を止める。私をちらりと見て、腰を落とした次の瞬間には木の上ほどの高さに飛び上がっていた。思わず出そうになった悲鳴を噛みしめ、目を瞑って必死にしがみつく。
何回か木々の間を飛ぶように走り、再び崖を駆け上がった。なんかもう、この人なら空も飛べるんじゃないだろうか。
「うおぉ?!!」
「もう大丈夫ですよ」
登り切った所で、誰かの声とリアムの声がする。
ゆっくりと目を開ければ、まずはリアムの胸元、それから優しく微笑む推しの顔。それと…向かい側で、呆然とこちらを見つめているイヴァンだった。
「ユ、ユノ…?!」
「は、はい!」
「良かった…無事だったんだな…」
目を潤ませて息を吐き出すイヴァンに、うん、とだけ小さく返事を返した。嬉しそうに笑う姿のせいで、なんだかこっちまで泣きそうになる。本当に、無事で良かった…リアムには感謝してもしきれない。
そんな感動の再会に喜ぶ私の上から、大きなため息が聞こえた。さっきの、感極まり詰まっていた息を吐くやつじゃなくて、不満オンリーのやつだ。
「なぁにが良かったですか」
怒ってる…声を聞いただけでも分かるぐらい、怒ってる。恐る恐る上を見上げ、ン゛ッ、と変な声がでた。
うわぁ…リアムのこんな顔初めて見る…作画崩れた?ってぐらい口が歪んでるよ…貴重なお顔、ありがとうございます…
「リ、リアム…」
「怒ってんですよ、私」
「いや、その…」
「俺がついてる大丈夫だ…って言ったのはどの口でしたっけ」
「その…面目次第も御座いません…」
おお…すごい、イヴァンのこんな顔も初めて見る…めちゃくちゃ凹んでいる…
思わずそれぐらいで良いのではとリアムへ声を掛けてみたけど、彼はジト目でイヴァンを睨み続けていた。聞こえてるはずなんだけど…あえてスルー…
「貴方がついていながら、なぜ隊が分散なんてするんですか」
「…キメラが出た」
「は…?」
「ジズの姿も確認した。今回の魔獣大量発生は、研究室が噛んでんだろう」
「報告は?!」
「生徒として参加していたローズが粉微塵にぶっ飛ばしたせいで、現場にはなーんも残ってない」
「ローズ…ジズと接触がある女子生徒ですよね」
「ジズにそそのかされてんだろ…キメラは俺たちんところだけでしか確認が取れてないし、証拠も無い」
「え…」
二人の会話を聞いていて、驚きの声が漏れてしまった。その声に反応した二人に視線を向けられてしまった。別に口を挟もうと思ったわけじゃないんだけど…まあ、良いか。
「えっと…私ともう一人の男子生徒が実際キメラに襲われたじゃない?…それを証言するのはダメなのかな?」
「あー…それなぁ…」
「そうなんですか?!」
イヴァンが悔しそうに眉を寄せる。彼の声に被さって聞こえたのは、リアムの声だ。
「クラス全員で見てるわけだし…」
「見ただけの証言じゃ簡単に揉み消されるだろ。特に学生じゃ、初の戦闘で混乱していたって落ちで終わりだ」
「ちょっと待って下さい、キメラに襲われたってどういうことですか?!」
「それに、今回出撃したってことで、全員にそれなりの勲章が贈られるはずだ…就職を控えるやつなら普通は大人しくすんだろ」
「イヴァン!!」
「っだー!うっせーよリアム!俺はユノと話してんの!」
「私聞いてませんよ!?」
「俺が取り逃がしました、すんません!」
「取り逃がしましたァ?」
ふぁ…めっちゃドス効いてる…
怯えたような目でイヴァンが助けを求めて来るのを見て、さすがに可哀想になる。
「リ、リアムさん、その、私は平気でしたし…!」
「も、元をたどれば、キメラだ!」
「ジズの首か」
「ま、まずは!早くユノを治癒使えるヤツのところへ連れてくんだろう?!」
「はっ、そうでした…!」
前のめり気味にイヴァンと言い合っていたリアムは、やっと我に返ったようだ…小さく咳払いをしてから、私のことを抱え直す。
その様子に半笑いを浮かべたイヴァンだったけど、私と目が合えば真剣な表情へ切り替わった。
「ユノ…悪かった」
「え、何が…?」
「守ってやれなかった…本来であれば、あそこは俺が食い止めるべきだったんだ」
「そんな、最初に戦ってくれたのはイヴァンでしょ?」
「…取り逃がしちゃ意味が無い…」
「対象が沈黙したのが唯一の救いですね」
「おまえな…」
「ユノさんへの謝罪は、また後ほどお願いします」
適当にイヴァンをあしらったリアムは、一方的に会話を終了させる。風に包まれたと思うと、再びリアムが地面を蹴った。
イヴァンが居たのは、当初の予定だったポイントより少しだけ前線のようだ。
先生の言葉通り援軍が間に合ったんだろう。テントがいくつも展開されていて、同じ制服姿を発見出来る。さすがにクラスメイトにこの姿を見られるのは恥ずかしい…
それを理解していたようで、ちょっと遠回りですけど、って苦笑しながらも迂回ルートをとってくれたリアムにやっぱり大変感謝だ。
◆
数時間列車を使った遠征先だって言うのに、都心まではあっという間に到着。時間を計ったわけじゃ無いので正確には分からないけど、半分ぐらいで帰ってこれた気がする。
このまま学園へ戻るのではなく、彼は迷うこと無く城目指して進んで行った。聞けば、保健医であるドナートも応急班として職員たちと共に出兵していたらしい。本当に今の学園は事務員程度の人間しか残っていないんだ…
普通に城門を通り、正面から城に入るのかと思いきや…リアムは城壁をひょいひょいと越えていく。見張りの兵士も通常よりは少ないだろうけど、それなりに居るっていうのに、気付かれることもなく上へ上へと駆け上がる。
さすが暗殺者と納得な身のこなしなんだけど、周りの景色はそれなりに位が高そうな方々が居そうな感じの部屋ばかりになってきていて焦る。
ほ、本気で大丈夫…?不敬!とか言われて処罰されない…?
ある部屋のバルコニーへと足音もなく降り立ったリアムは、迷うこと無く窓を開け中へと入る。必要最低限程度の家具しかないその部屋は、とても広く見えた。
すたすたベッドまで進んだ彼は、壊れ物でも扱うように降ろしてくれた。ごく自然に身につけていたマントと靴を脱がされる。
サイドテーブルに置いてある水差しからコップへ水を注ぎ、手渡してくれた。
「喉、乾いてるでしょう?」
「でも…」
「ご安心を、ここ私の部屋ですから。楽にして下さい」
「あ、そうなんですね…」
良かった、不法侵入じゃなかった…安心して受け取ったコップに口をつける。ほどよく冷えた水は、レモンが入っているようですっきりして飲みやすい。
一口飲むつもりだったのに、吃驚するほど喉が渇いていたみたいで一気に飲み干してしまった。リアムもにこにこしながらおかわりを注いでくれるから、また飲み干してしまう…
「おいしい…」
「良かった」
「ご、ごめんなさい、私ばっかり…!」
リアムだって絶対に喉渇いてる…!むしろ、私よりも前に出ているんだからリアムの方が渇いてる…!慌てて水差しを手に取り、今まで飲んでいたコップへ水を注ぐ。
それから、目の前に立っているリアムへそれを差し出すと、一瞬ポカンとした顔をしていた。彼の視線が、サイドテーブルへ行って、私の手元へ戻ってくる。同じようにそれを繰り返し、分かった。サイドテーブルの上に、存在する他にコップ…
なんで自分が使用済みのに注いで差し出しちゃったのかなぁ…?!
「あああ…!」
「有り難うございます、頂きます」
「あ、ちょっ…!?」
笑顔のまま私の手からコップを取ったリアムも、それを一気に呷る。美味しいです、と微笑む顔は心なしか嬉しそう…に見えるのは気のせいか…
「横になっていて下さい。今医者を呼んできます」
毛布を捲って、流れるように横へさせられる。数回頬を撫でた彼は、寝てても大丈夫ですからねと告げ当たり前のようにドアから出て行った。
…そ、そうだよね、ここリアムの部屋って言ってたもんね…呆然と消えていったドアを見つめる。なんだか未だに夢を見ているようだ…。
こんな部屋を持てるだなんて…リアムって、実はものすごい偉い人だったりするのかな…イヴァンとも仲が良さそうだった。あんなに崩れた話し方をするのって珍しい。
素を見せても構わないって、気を抜いてくれているってことなのかな…それは結構嬉しいなぁ…。
ニヤける顔を隠すように、ふわふわしている枕へ顔を擦りつける。誰も居ないんだけど…気恥ずかしいのは変わりない。
優しい石けんの香り、柔らかい日差し、暖かなお布団…あまりにも過酷すぎる夜を越えた体が意識を手放すには十分すぎる。
小さく欠伸をして目を閉じれば最後、再び体が眠りに落ちていった。
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