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12月26日その3
眠っていても良いって言われたからって、本当に眠ってしまうとは…どれぐらいの時間が経ったんだろう?自然と目が覚めてからすぐに思ったのはそんなこと。
だけど、体全身を包み込んでくれる、暖かくて柔らかい存在がとても気持ちいい…欠伸を漏らしながら両手両足を伸ばせば、体中からポキポキと骨の鳴る音がした。
「ん~~~」
肌触りが良すぎるシーツの中を泳ぐように体を動かす。もぞもぞと足を動かしてから寝返りを打った所で、全身の動きが止まった。ついでに呼吸まで止まる。
視線の先には、片手に本を持ったリアムが椅子へと座っている姿…もちろん、都合良く本を読んでいるはずも無い。開きっぱなしな癖に、視線は本ではなくしっかりと私の方へと向いていた。
「ぅぁ…」
「その肌触り、気持ち良いですよね」
や、やっぱり見てたよねぇ…!本を閉じ、椅子の上へとそれを置いたリアムが、こちらへと近付いてくる。見たこともない軍服を身に纏った姿もまた素敵だ…新しい衣装、しかも軍服ってところはとてもポイントが高い。
そんな私ホイホイな格好をした推しは、横になっている私を覗き込むように顔を近づけくる。や、やめて…!思えば、私昨日の夜からお風呂入ってない…!え、ってことはそんな体でリアムのベッドを占領してたってこと…?!どうしよう、最低過ぎる…!
両手で顔を隠す。申し訳ないし、イケメンだし、恥ずかしいし、イケメンだし…あれ?なんか混乱してる…!
そんな私を見てか、くすくすとリアムの笑い声が降ってきた。
「ユノさん、顔見せて?」
「だ、だめです…」
「なんで?」
「と、とにかくだめです…!」
「ユーノさん?」
「は、はいぃ…!」
ものすごく甘い声で名前を呼ばれ、指の間から目だけを出してしまった。チョロすぎるのは分かっているけど仕方が無い、推しが呼んでいるんだぞ、反応するでしょう。
私の手を掴んだリアムが、優しい力でどかしていく。ばっちり顔を覗き込んだ彼は、満足そうに頷いた。
「顔色は良いですね…起きれそうですか?」
「大丈夫です…!」
いそいそと起き上がって、ベッドから足も出す。足下には、どろどろになっていた靴は無く、知らないパンプスが置いてあった。
「すみません、侍女用のをお借りして来ました。あの靴はもうダメでしょうから…」
ちらりと視線を向ける先には、部屋の隅に置かれている私のローファー。茶色だったはずなのに、固まった土のせいか白く変色している…確かに、あれはもうダメかもしれない。
「そんな!私の方こそ、わざわざ有り難うございます…!」
用意してもらった靴へ足を入れれば、サイズはぴったり。彼に一式揃えてもらった経緯があるだけに完璧だ。ローヒールのパンプスを履き立ちあがってみれば、あんなに辛かった体に痛いところは1つも無く、それどころか軽くなったような気がする。
「どこも痛くないです!」
「肋骨にひびが入っていたそうですよ」
「え?!」
「きちんと治癒してもらいましたから、もう平気だとは思いますが…無理はしないで下さいね」
「はい…有り難うございます」
「いえ。お腹空いたでしょう、食事を用意するので、その間に風呂を使って下さい」
「良いんですか…?!」
「もちろん、こっちですよ」
汚れを気にしていただけに、とても有難い。遠慮なくリアムの後をついていき、隣の部屋のお風呂にお邪魔する。トイレバス別々で、きちんと脱衣所まである。私の寮のお風呂ってユニットバスだったから、こんな広々としたお風呂って久しぶりだ。
「タオルと着替えはこの中の物を使って下さい。汚れ物はこちらへ」
「分かりました」
「では、ごゆっくりどうぞ」
「あっ、リアムさん!」
脱衣所を出て行こうとする彼を呼び止める。どうしたのかと首を傾げるリアムに向かい姿勢を正すと頭を下げた。
「助けてくれて、本当に有り難うございました」
「そんな…」
「それに、こんな良くしてくれて…」
「それを言うなら、私の方です。生きていて、有り難うございます」
「リアムさん…」
「…話は、食事をしながらでもしましょう」
「はい」
「一人で入れないようなら、いつでも呼んで下さいね。お手伝いしますよ?」
「だ、大丈夫ですよ…!」
「おや、残念です」
後ほど、と笑いながら今度こそドアを閉められる。
よし、まずは体を綺麗にしよう…!汚れたままリアムの隣に居るのは死ぬほど嫌だ。ポイポイと指定された籠へ服を脱ぎ捨て、浴室へのドアを空ける。
迎えてくれる温かい空気と、石けんの香り…バスタブには、温かなお湯までしっかりと張られている。
リアムの気遣いに感謝しつつ、予想以上にお風呂を堪能してしまった。
◆
用意されていた白いワンピースを身につけ、髪をしっかりと乾かしてから部屋へ戻る。どこから用意されたのか…小さめの机の上には、美味しそうな料理が並んでいた。
「あの、有り難うございました。すごく気持ち良かったです」
既に陽も落ちて、暗くなった部屋は魔石の光が揺れている。起きた時には気付かなかったけど、相当眠りこけてしまっていたみたいだ。
空腹のピークを越えた為に、お腹が空いていないと思っていたんだけど…食べ始めれば止まらなかった。食べきれる量が前よりも減ってしまったけど、消化の良い物でまとめられているから胃もたれはしなさそうだ。お腹いっぱいなはずなのに、デザートもありますよなんて誘惑に負けて、ケーキまで頂いてしまった。結局食いしん坊を晒してるよ、私…意志が弱い…。
お腹も落ち着き、私の得意な紅茶を淹れて一息。会話の流れは、やっぱり直前までいた北方の魔境についてになっていき、リアムはいつから郊外に向かっていたのかと聞いてみた。
「仕事終わりの私を呼び出して、今から行って、ちょっくら掃除してきてくれないか、なんて命令ありますか」
「そ、そんな軽い感じなんですか…?!」
ごめんなさい、勝手に、蝋燭1本の部屋で後ろ向きの男から密命を受けているんだと思っていました…
「そうです、軽いし無茶ぶりばかりですよ」
詰め襟部分のフックを外しながらリアムはため息を吐く。だけど、嫌がってるわけじゃないみたい…文句を言いつつも、少しだけ嬉しそうな顔をしている。
「…大切な人なんですね」
「え…?」
「あれ…?違いましたか…?」
きょとんとしている彼は、私発言を聞いて少しだけ考えるように腕を組み、あー…なんて渋い表情を浮かべた。遠い所を見ていた視線が私の元へと帰ってくれば、腕を解いて姿勢を正す。それを見ていた私も、思わず背筋を伸ばした。
「ユノさんには…いつか話さなければと思っていました…」
「話、ですか?」
「ええ。私がリアムになった話ですよ」
懐かしむように目を細めたリアムは、彼自身の生い立ちについて話してくれた。
◆
彼は、親の顔を知らない。
売られたのか、捨てられたのか、孤児だったのか、それすら分からない。ただ、彼には幼い頃から魔力があった。
魔力のある人間は貴重である。使い方によっては大変な戦力へと成り得るからだ。それが、何も分からない子供であるならば、尚更。
その子供は、ある集団へと拾われた。何をしている集団なのかは知らない。理解出来ないように、教育をしたから。教えられたのは、魔法を操り、人を殺す方法のみだった。
言われた通り人を殺せば、食事が与えられる。雨風を凌げる場所で眠ることが出来る。子供にとっての幸せはそれだけだった。
とても寒い夜のこと。いつも通り、指示された人を殺そうと子供は建物へと忍び込んだ。いつもより高そうな宿で、いつもより鎧を身につけている護衛がいっぱいいた。だけど、そんなことは子供には関係ない。得意の風魔法を駆使して誰にも気づかれずに辿り着いた部屋。いつも通り窓から侵入をすれば、相手はベッドで眠っていた。
子供の得物は投げナイフ。確実に仕留める為、安全射程圏内まで近づきナイフを放った。が、赤は広がらない。
それどころか、子供が投げたナイフは突如現れた草の蔓にはじき返されてしまった。驚きながら、2、3本と次々にナイフを投げつける…しかし、それは全て同じ結果で終わってしまう。ナイフをはじき飛ばした蔓は、子供が動きを止めた瞬間を狙い絡みつき、いとも簡単に拘束されてしまった。
「ああ、これで終わり。自分も、自分が殺した人間達と同じように…あの薄汚い赤をまき散らして死ぬのかって、思いました」
そう言ったリアムの表情は、恐ろしい程に何も無かった。感情が抜け落ち、考えることすら放棄しているような虚無感。当時の彼は、きっとずっとこんな顔をしていたんだろう。
身動きが取れなくなったところで、眠っていたはずの人間が起き上がる。それは青年だった。青年は子供の姿を見てとても驚いた。こんな子供がなぜこんなことをしているのか?と。
なぜ?そんなことは考えたことが無かった。人を殺せば食事が与えられる、強いて言えば腹が空くから、だろうか。
外に居る見張りへ声を掛け、なにやら指示を出し始めた青年の隙を突こうと、子供は魔法を発動させる。風で蔓を切り裂き、全速力で男へ駆け寄る。
ナイフは全て投げきってしまった。風を操り、首を掻き切るしか無いが…至近距離でないと上手く制御がきかない。手に魔力を込め振り下ろす…が、すんでのところで再び相手の蔓が伸びる。呆気なく再び拘束された体は、容赦なく床へと叩きつけられ、意識を失ってしまった。軽い脳震盪でも起こしたんだろう。
「目が覚めた私に、そんなのやめて一緒に来いって言うんですよ、その男。信じられます?」
「え…殺そうとした子供に、ですか?」
「魔法を使えるのに殺してしまうのは惜しいと言い張って、強引に。まあ…本人としては、ショックだったんでしょうね」
子供が暗殺者なんてしているのを目の当たりにして、と少しだけ寂しそうに笑っていた。
殺す予定だった男に返り討ちに遭い、おまけに慈悲を頂いた子供は、国の教会へと預けられた。その青年こそ、教会の後ろ盾だったのだ。
そして、人を殺す以外に何も知らなかった子供は、名前を与えられ、遅ればせながら教育を受けていく。普通に人として生きるための常識、文字の読み書き…人間として、当たり前のことをたくさん教えてもらった。
「私の言葉遣い、時たま荒くなるでしょう?あれ、昔の癖なんですよ」
「昔…子供の頃の?」
「ええ、当時は失礼な子供でしたからねぇ…貴方はもう私たちの子なのだから、そんな言葉遣いは許しませんって、シスターには散々叱られました。中でも一番怖いシスターが居たんですが、その人がまた強敵で…」
「シスターなのに勝てないんですか?」
「相手の動きを止める魔法を使ってくるんです」
「それは…」
「見つかったら最後…厳しい罰が待っていました」
「ど、どんな…」
「50ページにも渡る、聖書の書き写しです」
「書き写し…」
「ええ、特殊な状況下にいた子供ですからね。口で言っても意味が無いと分かっているんです。なので、あえて一番嫌いだった書き写しをやらせたんですよ…」
そっと右手を押さえるリアムの様子に、どんな苦行だったのか察せられる…。でもね、そんなシスターに、私は一番感謝しているんです、と彼は続けた。
ある時、彼女に言われたそうだ。貴方は以前の名も無い子供から、リアムとして生まれ変わったのです。リアムとしてどう歩んでいきたいのか、命令されるのではなく、自分で考えて行動をなさい。
「当時は何言ってんだって感じでしたけどね。でも、大人になって、実感しました…そして、考え付いたのが、諜報と言う仕事…私の得意なことで、私を助けてくれた人の力になりたかった」
「それじゃあ、リアムさんが今、諜報員として仕える人っていうのは…」
「ええ、暗殺予定だった男です」
「えぇ…!」
なんとなくそんな気もしたんだけど、テンプレ通りの展開に思わず声が裏返った。そんな私の反応に、当初は大変だったんですよ、と笑った。
学生となり、学園生活を始めてからすぐに、リアムは自分の得意分野で青年の元で働きたいと考えていたらしい。それが一番力になれることも分かっていたから。だけど、諜報員だなんて!と相手はもちろんの大反対。どうすれば仕えさせてくれるのか、大喧嘩を繰り広げた。
「まずは事務補佐官が務まるぐらいの知識がないと話にならないと言われましてね、勉強しましたよ。あっちから頭下げる程になってやるってね」
「そっか…だからスカウトもたくさん来てたんですね」
「それについては予想外の出来事でしたけど…あの人、私は自分しか知らないからそう言ってきているんだと、他からも求められば考えも変わるだろうなんて思ってたみたいです。んなわけないでしょう。全て蹴ってやりましたよ」
「か、過激…」
したり顔をするリアムに、本音が漏れてしまった。本人もそう思っていたのだろう、ですよねぇと相槌を打たれる。
結局、リアムの反応に慌てたのは助けた青年の方だったようだ。
「事務補佐として入りましたが、諜報として動ける人間がいないのも調査済みでしたので…私がどれほど使えるか示せば、少しずつ得意分野の仕事を回されるようになり…結果、ユノさんと出会えたわけです」
なんだか、物語みたいな話だった…前世の記憶がある程度で、平凡に生きてきた私と世界が違う。最初はただの売店のお兄さんだと思っていたリアムは、壮絶な過去を持っていた。
彼の過去を知れて嬉しい、今は幸せそうで良かった…人の幸せをここまで嬉しいと思ったことって、2回の人生含めてもないぐらいだ。
「本人からは、他にやりたいことが見つかれば、いつでも辞めて良いんだぞって言われてましたが…辞めなくて良かったです。じゃないと、君に会えなかったわけだし」
こちらを見つめる深い緑と視線が絡み、一気に顔へと熱がこもる。さっきまでの懐かしむ顔から一転、好きなのだと告げてくる目に、突然現実へと戻された気がした。
「ぁ、え、っと…私も、リアムさんの上司の方には感謝しないとですね…とっても優しい人ですし」
「そうですね…私は、出会いに恵まれていたんでしょう」
ね、ユノさん。と甘く微笑まれて、ごくりと喉が鳴った。
な、なにこれ、乙女ゲーみたいだよ…?!そう心の中で誤魔化してみても、心臓が爆発しそうなほど動く。トラウマや過去の吐露シーン特有のほの暗いけど、甘い雰囲気にどんどん飲まれていってしまう。
立ちあがり、ベッドの方へ数歩進む…それから、こちらを振り返った。
「優しい君に…付け込んでもいいですか?」
少しだけ頬を赤く染めた彼の問いかけに、はい以外の選択肢など選びようが無かった。
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