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12月27日
はあ…いきなりのギャップで心臓が痛い。萌え殺されるかと思った…。落ち着かせようと胸を撫でながら、今度こそドアノブを握った。
そういえば、さっきのリアムの上官らしき男性に見覚えがあったような気がする…どこで見たんだろう…?推しのギャップの方が強すぎてそれどころじゃ無かったけど、思い返してみて…ぼんやりとした記憶に首を傾げる。
だけど、見覚えがあると言ったってユノとしての記憶なのか、前世で彼に似たようなキャラクターでも見たのかすら分からない…悩んでも仕方ないか…。
深く考えずにバスルームの中へ進むと、綺麗に折り畳まれたカーキ色のロングワンピースが用意されていた。腕を通してみればやっぱりサイズはぴったり。以前洋服を買ってくれたから把握していると言えば当たり前なんだろうけど、覚えていてくれたってだけですごく嬉しい。へへ…だめだ、顔が緩むのを抑えられない…。
寝間着を脱ぎ、浮かれた気分で用意されている服を身につけている途中…鏡に写った自分の顔が目に入った。その時の顔と言ったら…あまりの気持ち悪さにドン引くと、変に咳払いをしながら粛々と着替えを終わらせる。
身支度を整えて部屋へ戻ってみたけれど、未だにリアムは戻ってきていなかった。
最初こそ大人しく椅子に座って待っていたけれど、全然落ち着けなくって…そわそわと部屋の中を歩き回ってしまう。二周ぐらいしたら、もう一度着席…しばらくそんなことを続けていると、外から足音が聞こえてきた。
はっとしてドアの方をじっと見つめていれば、ゆっくりとこちらへ開かれる。
現れたのは、眩しい軍服姿のリアム…と、さっきばっちりと目が合った見覚えのある男性だった。
ど、どちら様だろう…リアムと親しい仲だろうし、使った魔法から拾ってくれた人で間違いなんだろうけど…戸惑いがちにリアムを見つめれば、疲れ切った顔ですみませんと返ってきた。
「取り乱してすみませんでした」
「い、いえ…!」
むしろめちゃくちゃ可愛らしい姿を拝見できました、ありがとう御座いましたって感じなんですけどね。両手を振って大丈夫だとアピールもしておく。
「紹介します。こちら、アレクセイ…私の上官に当たる人です」
「いやいや、さっきはすまなかったね。私はアレクセイ、気軽にアレクと呼んでくれ」
「は、初めまして、ユノと申します」
艶のある黒髪、優しげに細められた瞳は綺麗な紫。背は高く、肩幅もしっかりとしている。がっしりとしている大人な男性で、攻略対象キャラのような華やかさに圧倒されそうになる…ぐっとお腹に力を込め、しっかりと目を見つめ返して名乗り、スカートの裾を持ち上げ腰を落とす。
どうもこの挨拶はしっくりこない…日本人たるものお辞儀をしたくなる。学園内なら許されることだろうけど、さすがに外ではダメだろう。気恥ずかしいけど、淑女の挨拶…!
「リアムにこんな素敵なお嬢さんが居たとは知らなくてね。せっかくの出会いだ、一緒に食事でもいかがだろうか?」
「え…?!」
「ユノさんはまだ寝起きなんですよ」
「おや…リアムくん、女性に無理させちゃダメじゃないか…」
「うっさいよ、エロ親父」
「ではお茶はどうだろう?この時間ならテラスが良いね。さあ、ユノさん」
いやみなく手を出されて、思わずそこへ自分の手を重ねてしまう。自然と引かれ、軽く腰を抱かれて歩き出す…近寄ると、ふわりとムスクのような香りがした。
甘く微笑んだアレクに甘い物は好き?と聞かれ、はいと素直に頷いていた。
「そう、良かった。それにしても、先程の白いワンピースも無垢で可愛らしかったけれど、今の格好も素敵だ。ユノさんは何でも着こなしてしまうね?」
「あ、いえ…」
「これはリアムの仕立てかな?良ければ、今度は私にも服を贈らせて欲しいな」
「ひぇ…!?」
自分でも吃驚するぐらい簡単にアレクに流されてしまっている…な、何、この人…?魅了スキルでも持ってるの…?!言われたことに、全て肯定で返してしまう呪いでも掛かってる…?!
甘いマスクの年上イケメンがひたすら優しく声をかけてくるっていうイベントが発動している気がする…!きちんとした回答をしなくても、怒りもせずに話しかけてくれるアレクに、むしろ罪悪感さえ感じてしまう。コミュ力皆無ですみません…
廊下へと出た所で、突然体が右側へと傾きそのまま引っ張られる。それからぎゅっと抱きしめられる感触。アレクとは違って、落ち着く慣れ親しんだ感覚。
「大丈夫ですか?」
「リアムさん…」
「あの人に触られると妊娠します。触られそうになれば、全力で殴って下さい」
「殴る…?!」
「ええ、全力ですよ。遠慮することはありませんからね?」
潔い程の良い笑顔を浮かべているリアムの不穏な発言に、なんと返せば良いのか…言葉が出てこない私の隣で、アレクは失礼だなぁと頬を膨らませていた。本当のことでしょうってリアムがジト目で返している…こ、これが二人の日常なのかな…?
◆
「おいひいですぅ…!」
出されたケーキを頬張って、死ぬほど情けない声を漏らしてしまった。
でも仕方ない、私は悪くない。何このケーキ、生まれて初めて食べた、死ぬほど美味しい…!
アフターヌーンティーみたいな三段のケーキスタンドには、色とりどりのお菓子が盛られていた。出された紅茶も美味しくて、一口食べる度に頬に手をあてて幸せなため息が漏れてしまう。本当に美味しい…とにかく美味しい…毎回この恵みに感謝しないと失礼に値するぐらい、美味しい!
「幸せそうに食べるなぁ…私まで幸せになる」
「は…!ご、ごめんなさい!私…!」
ケーキたちに夢中になりすぎていた…!気付けば、向かいに座っているアレクと、彼の後ろに立っているリアムが私の様子に笑っていた…
恋人だって、上官に紹介して頂けたっていうのに、なんてはしたないところを見せてしまったのか…!リアムの評価は下がらないかな…?!
慌ててフォークを置いて、今更ながらに姿勢を正す。そんな私を見て、カップを傾けていたアレクは思いっきり噎せた。多分、笑った拍子に変な所に入ってしまったんだろう…
「ぶっは…!げっほ、ちょ、今更…げっほ!」
「ちょっ、なにしてんだアンタ?!」
「だ、大丈夫ですか…?」
アレクの手からリアムがカップを取りあげ、私はテーブル上に零れてしまった紅茶を拭く。彼が置こうとしたカップを受け取ると、中は空…服も濡れてないし、火傷はしないで済んだみたいだ。
未だ笑いながら噎せてるアレクの背中をリアムが摩っているのを横目に、立ち上がった。
「ユノさん?」
「お代り、注ぎますね」
「そんな私がやりますよ」
「いえ、これぐらいさせて下さい」
「ユノさん…」
ありがとう御座います、と微笑む彼に、同じように笑い返す。本音を言えば、食べまくってた私にも責任があるので、本当にこれぐらいやらせて下さいって感じなんですけどね。目を細め私を見ていてリアムがはっとしたと思えば、大きく背中を叩いていた。そして再び聞こえる噎せる声。
見れば、噎せながらもニヤニヤしているアレクと目が合う。そういえば間に居ましたよね、この人…!
「すすすすみません!!」
裏返った声で謝りながら、横に付けられている台車へと飛びついた。
学園の時と同じケトルが用意されているから、手順はほぼ変わらない。うう…未だにあのニヤついた視線が背中に刺さるよぅ…
「大丈夫。気にしなくて良いんだよ?」
「す、すみません…」
「手馴れてるようだが、よく作ってるのかい?」
「はい、リアムさんと一緒に…」
「君も中々惚気るねぇ!」
「ご、ごめんなさい…!」
「いやいや、良いんだよ。ユノちゃんは今学生って言ってたね」
「はい」
「そろそろ進路決まる時期だが、もうどうするか決めてるのかい?」
「あ…えっと…」
ラミの侍女になる予定ですって言って良いのかな…?あの人、一応第5王子だったよね…?口止めはされていないけど、身分を隠しているんだから言い触らさない方が良いと思うんだ。
困ってリアムへ視線を向けると、彼は微笑みながら頷いていた。え…?言っても良いの…?
「え、やだ待って、何その目配せ!?」
「え…?!」
「リアムくん!?君、まさか卒業後、速攻で娶る気?!」
「は?!」
しっかり私たちのやりとりを見ていたアレクが叫ぶ。予想外すぎる発言に驚きすぎて固まる私と、アレクと同じぐらい大声を張り上げたリアム。
め、娶るって…お嫁さんになるってこと、でしょ…?わ、私が、リアムの、お嫁さんってことでしょ…?なにそれ、想像するだけでもおこがましい…手が震える…こ、紅茶いれることに集中しよう…!!
「だったら尚更私の所で良いじゃない!お給金もっと上げるよ?」
「ち、違いますよ…!ユノさんは、ラミエル様から声を掛けられているんです…!」
「ラミが?あの子から声を掛けたって言うのか?」
「ええ…そうですよね、ユノさん」
「はい?!」
無心で紅茶をいれていたところで名前を呼ばれ、再び裏返る。アレクの前へと差し出そうとした新しいカップに入れ直した紅茶も、ガシャンと激しい音を立ててテーブルの上へと置いてしまった。それ対し怒ることはせず、有り難うと笑顔で受け取ってはくれたけど…どうなの?と詰められてしまった。
えっと、何だったっけ…お嫁さんじゃ無くって…私の進路の話だったよね。…リアムも言ってるし、大丈夫だよね…?
「えっと…そうです。ラミ、エル様から侍女をして欲しいと直接お声を掛けて頂きました」
「そうか…あれ?今ラミも学園通ってたよね…?クラスメイトってこと?」
「そうですね」
「気に入ってる子が居るって言ってたのって…もしかしてユノちゃんか!なにこれ、すごい運命だなぁ…!」
「え…?気に入ってる…?」
ちょっと待って、思い出してきた…ラミのことをあの子って呼んでた辺りから変だなって思ってた。
王子様であるラミには、たくさんの兄弟が居るのは当たり前なんだけど、一人だけ血の繋がった年の離れた兄が居たはず。
「そっかそっか、それなら納得だ。ラミのこと、よろしくね」
「い、いえ、こちらこそ…!」
よろしくお願いしますと頭を下げながら、目の前でお茶を飲んでいるアレクを盗み見る。黒い髪に紫の瞳…どっからどう見ても、ラミと同じ色合いで見覚えがある訳だ…
「わ、美味いな、これ!さてはお前、ユノちゃんの為に珈琲から紅茶派へ寝返ったな!」
「ええ。そうですが何か?」
「うっわ、なにその当然ですけど?みたいな顔、すごいイラってする」
「ユノさんが私のためにいれてくれるんですよ。好みを変えるなんて楽勝です」
「だけど、来年にはこれをラミも飲むようになるんだぞ…って、え?!なにそれ、若者達だけずるくない?!」
始まる二人のペースに置いて行かれて、またもやぽかんと見つめて居たら、いきなりアレクが立ちあがると私の両手を引っ掴んできた。
「ユノちゃん…今度、私の為だけに、紅茶をいれてくれないか…?」
「え…えっ…?」
「アレク…ユノさんが困ってます…」
「実弟と弟分は好きなだけ飲めるのに、お兄ちゃんだけ飲めないのは悲しい…ね?いいだろ、ユノちゃん…!」
「…ところで、時間大丈夫なんですか」
「え?!い、今何時だ?!」
強く握っていた私の手を離し、アレクは自身の上着へと手を入れる。内ポケットから懐中時計を取り出し時間を確認すると、なんとも爽やかな笑顔を浮かべた。
「おー、15分もすぎてた」
「だから会議が終わってからの方が良いって言ったじゃないですか」
「どうせ兄上がわがままし放題でなんにも纏まっていないよ。そんな無駄な会議より、お嬢さんとのお茶を優先したい」
「貴方、毎回そう言って遅れてるそうですね」
「大切なやつには遅れず参加しているんだからな」
「はいはい、いいから行ってらっしゃい」
行ってらっしゃいと言ってるわりには、手で払いのけるような動きをしている…それに怒ることはなく、アレクは心底嫌そう顔をしながら行きたくないと駄々を捏ねていた。
相手は確実に王族だし上官なんだけど、二人のやりとりは家族みたいで…それだけ信頼し合える仲なのだろう。最初こそ驚いたけど、こうやって気を抜いて話している姿が見れたのは嬉しい。
「そうだユノちゃん、今学園はお休みだよね?」
「はい」
「実家には帰るのかな?」
「いえ、遠いので寮で過ごそうかと…」
「それは良かった!部屋を用意しておくから、授業が始まるまではここに居ると良い」
「え?!で、でも…」
怪我をしたお陰でリアムの部屋へ一泊できたけど、さすがに今日は寮へ戻ろうと思っていたのに…城でお世話になるなんて申し分けなさすぎる。遠慮しようとしたけれど、リアムからも同意の声が上がった。
「予定が無いのでしたら、是非」
「そんな、私なんかが良いんでしょうか…」
「好意には甘えておきなさい。何、次はきちんとノックしてから入るから大丈夫だ」
「アレク!!」
「リアムくんはすぐ怒るんだからなぁー」
駄々を捏ねていた時とはうって変わり、軽やかに立ちあがったアレクにつられるように立ちあがろうとしたら、片手で制された。言われた通り椅子へ腰を下ろすと満足げに頷く。行ってくるよ、とウインクを一つした彼は、颯爽と立ち去っていった。
なんだかすごい人だった…呆然とアレクが消えていった先を見つめていると、今日何度目か分からない謝罪の言葉を背中に掛けられる。振り返れば、リアムが深いため息を吐いていた。
「あの人、女癖が少々悪くって…」
「あ、そんな、気にしてませんから…!」
「…私は嫌です」
「え…」
「ユノさんを、気安く触られるの…」
目を逸らしながら呟いた一言に、息が止まる。きょ、今日は色々な顔を見せて下さるんですね…相変わらずの尊さ全開に心の中だけで悶える。
「ねえ、ユノさん」
アレクが座っていた椅子を直して、私の元までやってきたリアムは、座っている私の足下へ片膝を突いた。突然の出来事に驚いている私の手を、優しく包み込む。
「本当に、君さえ良ければ…休み明けまで、私と一緒に過ごしてくれませんか?」
「よ、よろこんで…!」
「良かった…ありがとう」
目元を赤らめ、嬉しそうに笑う。こちらこそありがとう御座いますなのに…
ああ、どうしよう…朝から晩まで、リアムとずっと一緒に居られるなんて、心臓が持つかな…今から心配になってしまう…!
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