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12月27日その2
アレクの計らいによって部屋を用意して頂いたために、急遽城暮らしがスタートしてしまった。
部屋を案内しましょうとリアムに連れられ、テラスを出る。慣れた様子で進んでいく彼を見ていると、やっぱりここで働いてる人なんだって実感した。
用意してもらった部屋は、てっきりリアムの部屋があった建物だと思っていたのに、どんどんと違う方向へと向かっていく。聞けば彼の部屋がある建物は兵舎だとか…客人として部屋を用意するからには、客間を使って頂きますと言われ、少しだけ嫌な予感がした。
「何これ…!無理…!!」
開かれた扉の先に広がっていたのは、リアムの部屋とは比べ物にならないぐらいの広く豪華な部屋だった。
リビングみたいな部屋の奥にベッドルームが繋がっている…なんで二部屋構造なの?ここはどこかの高級ホテルのスイートルームですか??
ソファーなんてコーナータイプだよ、私一人しかいないのにコーナータイプ。こんなでっかいの置いてる癖にそれでもまだ広々空間…お高そうな花瓶に綺麗なお花まで生けてある…割ったら弁償なんてできないだろうから、近寄らないでおこう。ベッドはクイーンサイズ天蓋付き。こっちの部屋には絵が掛けられていた。おまけとばかりに、ベッドルームにはバルコニーまで付いていて…お姫様にでもなったようだ。
田舎娘の私にこの部屋は荷が重すぎる…リアムの部屋だって豪華だなぁって思ったぐらいなのに、この部屋で過ごせと言うのは無理があると思います。
震えながらリアムを見つめれば、彼はですよね、と苦笑いを浮かべていた。
「あんなでも、アレクは王子ですからね…」
「で、でも、こんな凄い部屋…働いてる方の寮とかは…?!」
「駄目ですよ。君は今、アレクの客人としてここに居るんですから」
「ひえ…」
そうですよね、そんな客人を使用人寮なんかにぶち込んだら大問題になりますよね…
こんな豪華すぎる部屋を使うなんて落ち着かない…隅っこにいたいタイプのモブ女だっていうのに…リアムと一緒に居られるのが嬉しくて、簡単に頷いてしまったけど…これは大変なことになってしまった…。
テラスで後片付けをしようとしたら、給仕係の方々に止められてしまったのもこれが原因なのかな。
「いずれここで働く身なのに…」
「今だけは諦めて下さい。さて…ユノさんは、休日って何をして過ごしてます?」
「うーん…本読んだり、家族に手紙を書いたり…ですかねぇ」
もしくは寝てます。さすがにこれは言えないから黙っておいた。
この世界、娯楽はとっても少ない。カードゲームやチェスみたいなのはあるけど、やる相手なんて居ないし…前世で親しんだアニメやゲームなんて有り得ない。手が届く範囲は本ぐらいなので、専ら暇つぶしに本を読んでいる。学園内にある図書室から本を借りれるので、お金掛からないし。
出不精だから、手紙を出しに行く時ぐらいしか外へ出ないけど…街中を見ても、娯楽は酒か女って感じな気がする。後は劇場があったかも?お金も掛かるので近寄ったことが無いからぼんやりしてる…。
「では、今日は図書室から案内しましょうか」
「本借りれるんですか?」
「勿論。本を借りてきて、寮の部屋と変わらずに過ごしましょう」
「で、でも…」
せっかくリアムと一緒に居るのにそれで良いのかな…彼と一緒に居られるなら、なんだって嬉しい。なんなら立って眺めてるだけでも構わないんだけど…
もだもだしていたら、促すように腰に腕を回され部屋の外へと出されてしまう。そのまま歩き出すので、体は大人しく従ってしまった。
「良かった、ユノさんの趣味が読書で」
「え…そうですか…?」
「ええ。私も休みの日はあまり外へ出ませんから…一緒に過ごしやすい」
一緒に過ごしやすい…一緒に、過ごしやすい…!
勝手に頭の中でエコー付きのリピートが流れた。嬉しそうに笑いながらそんなことを告げられるなんて…ご褒美が過ぎます…リアムのデレが加速しすぎていて追いつけない。
「本を読むの、私も好きなんですけどねぇ…」
「時間なさそうですよね、リアムさん…お仕事忙しそうだし…」
「ええ…こき使って下さいますので、休日は死んだように寝て終わります」
「え…?!」
それって、今は大丈夫なのかな…?ここ数日忙しかっただろうし、絶対に疲れてるはずだ。彼にとっても今日はお休みなのでは…あ、でも私服を着てないってことは今もお仕事中になるの…?
「ああ、大丈夫。今日は午後休、それ以降は学園の開始日まで有給を申請しておきました」
「あ、そうだったんですね…あれ?じゃあ、もうお休みですか…?」
「ええ、そうですよ」
「すみません、着替えもさせず付き合わせてしまって…」
「良いんですよ、私がユノさんと一緒に居たいだけです」
「ひょ…!」
チラッとこちらを見ながらの殺し文句に変な声が漏れた。私の反応に笑うリアムは、それにと続ける。
「ユノさん…私のこの格好、好きでしょ?」
「すきです!!」
悪戯っぽく笑ってウインクを飛ばされ、本能のままに大声で返事をしてしまった。
◆
図書室で数冊本を見繕ってきた私たちは、用意してもらった客室へと帰ってきていた。
いつも通り紅茶をいれて、気にせずに読んで下さいとリアムに勧められ本へと手を付ける。彼も借りてきた難しそうな本を読み始めれば、二人とも無言になり、頁を捲る音だけになった。
私が借りてきた本は恋愛物で、思いの外面白く、いつの間にか集中して読んでしまっていた。紅茶を飲もうと手を伸ばし、そう言えばリアムと一緒に居たのだったと思い出して隣を見れば、読みかけの本を片手に、無防備な寝顔を晒している彼が居た。
やっぱり疲れていたのかな…自分の本を隣へ置いて顔を近づけてみたけど、一向に起きる気配は無かった。
暖かな日差しが部屋へ差し込み、心地よい光に包まれていた。
ちょうどいい温度、静かな室内、美味しい紅茶と甘い物…それから、隣ではこくりと舟を漕いでいるリアム…幸せすぎる空間に、幸せのため息を漏らしてしまったけれど、やっぱり彼は起きない。
くすんだ銀髪が、日の光を浴びてキラキラして綺麗だ…月の光だと神秘的だなって思ったけど…太陽だと柔らかくて優しげで…どちらも彼っぽさが出ているのがずるい。
色素が薄めの白い肌、長い睫…小さく開かれている唇のせいか少しだけ幼く見える。こんな無防備な姿まで見せてくれるようになるなんて…好きなのは私だけじゃないんだなぁ…そう思うと、自然と顔が緩んでしまった。
カクっと頭が落ち、肩が大きく揺れる。それからすぐに姿勢を正したリアムは、覗き込んでいた私と目が合うと少し恥ずかしそうに笑った。
「すみません…寝てましたか…?」
「お疲れなんですね」
少しだけ潤んだ緑の瞳…もっとゆっくり休んで欲しい。学園でも働いて、諜報員の仕事もして…想像出来ないぐらいの仕事をこなし、私との時間まで捻出してくれている。
せめて、私にだけしか出来ないようなことをしてあげたいと思ってしまうのは当然だ。
リアムが持っていた本へと手を伸ばせば、何の抵抗もなく本を渡してくれた。それへ栞を挟むと、テーブルの上へと置く。
それから座る姿勢を正し、スカートの皺を伸ばす。リアムをじっと見つめながら、ぽんぽんと膝の上を叩いて見せれば、相手は面食らっていた。
「え、いや…」
「リアムさん」
「でも、」
「リアムさん、きてください」
もう一度催促するように膝を叩くと、下を向いて目を逸らされてしまった。嫌だったのかと心配したけど、耳の先が赤いのが分かる。
小さくため息を吐いたリアムは、髪を掻き上げると吹っ切れたように体を倒してきた。太ももへ頭を乗せ、意外にもしっかりと上を向いて寝転がる。未だに少しだけ赤くなっている耳が可愛い。
「頑張りすぎは駄目ですよ」
「そんなつもりは無かったんですが…」
「たまには甘やかされて下さい」
頭を撫でるように髪へ指をいれて梳けば、銀髪がさらさらと滑り落ちていく。さっきの恥ずかしさはもう消えてしまったようで、目を閉じたリアムは大人しくなってしまった。
「ユノさんは、私を駄目にする天才ですね…」
「えー、全然駄目になってないですよー」
思わず笑ってしまう。いつだって素敵なのに、どこが駄目なのか…そんなことを言うならもっと駄目な姿を見せて欲しい。私にしてみれば、どんなリアムでも素敵だって思うから意味ないかも。う~ん、我ながら重症…!
べた惚れ具合がおかしくて笑っていたら、首の後ろを押された。自然と前のめりになった所で、下にいたリアムが薄く目を開いて顔を近づけてくる。軽く触れるだけのキスをされ、すっかり笑いは引っ込んでしまった。
「一人だけ楽しそうなんて、ずるいじゃないですか」
「あ…っ、え、っと…」
「では…少しだけ、膝お借りしますね」
髪の毛をさらりと撫でたリアムが腕を降ろしていく。行儀良く胸の上へと置くと、目を瞑ってしまった。
どうして、この人はいつも私がキャパオーバーするようなことを平然とやってくるの…?!止まっていた息をゆっくりと吐き出し、心を落ち着かせなければ…今暴れでもしたら、リアムに迷惑が掛かる…!
固まった体を少しずつ解しながら膝元へ視線を向ければ、目を瞑っている彼からは規則正しい寝息が聞こえてくる。本当に眠っちゃったのかな…?小声でリアムさーんと呼んでみたけど、ぴくりともしない。
さらさらな髪へ再び指を差し込み、梳くように撫で始める。気持ちよさそうに眠っている彼の目元には、隈が浮いていた。限界まで気づかないタイプなのかな…無理しないで欲しいよ…。
「お休みなさい、リアムさん」
私の膝で少しでも休めるなら、いくらでも貸しますからね。
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