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1月14日
「あ、ユノさん…おはようございます」
授業が始まって一週間程経過したある日。やっと、休み状態から頭が切り替わった頃。いつも通り朝にリアムの所へきてみて、違和感を覚えた。
ふんわりと微笑んで挨拶する姿は、いつも通りのはずなんだけど…なんかおかしい。カウンターに立っている彼を、売店入り口の扉前でじっと見つめてしまう。
「え、っと…ユノさん?」
無言で動かずただただ見つめる私に、リアムが首を傾げる。はっ、いけない…!じっくりと観察しすぎてしまった…!
「あっ、ご、ごめんなさい!おはようございます」
早足気味にリアムの元へと向かう。穏やかに微笑んでいる彼を見て、やっぱり若干の違和感を覚える…なんだろう…ちょっと顔が赤い…?なんとも言えずに見つめていたら、てきぱきとお湯を沸かす準備を始めてしまった。
いつも私がやってる仕事だ…!リアムは品出しなどの朝業務を終えた後なんだ、それぐらいは私がやりたい。慌ててリアムから代わりお茶の準備を始めた為に、違和感についてはそこで一回終わってしまった。
授業へ向かう直前に、お昼に一度アレクの警護のため城へ戻らなきゃいけないと告げられた。
リアムと共に昼を取り始めて初めての出来事に驚くけれど、彼の仕事を考えれば仕方が無い。
もしかしたら、今までも本当は何度か戻らなきゃいけない日があったのに、私がいたから戻れなかったんじゃないのかな…申し訳なさそうにしているリアムへ、気にせずに行ってきて下さいと背中を押した。
◆
食堂でお昼を食べるのは久しぶりだった。相変わらず人の少ない中、テイクアウトメニューには無い、麺物を選ぶ。この世界、蕎麦とかうどんっていう日本食まであるのが凄い。お米が無いのは残念だけど…それでもこの味が食べれるのは大満足だ。さすがは日本原産の乙女ゲー、素晴らしい世界観。
からっと揚がったかき揚げが乗っているかけ蕎麦をお盆に載せ、端の方の席に座った。お箸で汁の中に沈ませてふやかせて食べるのが好きなんだよねぇ。ほのかに残るさくっとした触感と、出汁の染みたかき揚げ…まもなく迎えられる幸せに涎を飲み込みながら、黙々と沈ませる。
そんな些細な楽しみをしていた私の目の前で、突然足音が止まった。誰かテーブル越しに前に立った…?不思議に思いながら顔を上げると、そこには久しぶりに姿を見せたローズが居た。
「え…」
彼女を見た瞬間、金縛りにでも遭ったかのように体が固まった。荒くなる呼吸…手には汗がにじみ出てくる。もう過ぎたことだと片付けていた、12月の防衛戦での出来事が一気にフラッシュバックした。
「やっぱりここに居たのね…お久しぶり、ユノさん」
「は、はい…」
「そう怯えないで、今日は貴女に謝りに来たの」
ひゅっと喉の奥が鳴る。
1月の授業が始まり、何日経っても彼女は教室に現れなかった。どうかしたのか、体調でも悪いんじゃ無いのか。会話のネタが無い生活だから、普段だったら、みんなが気にすることのはずなのに…ローズについて触れるのはタブーであるかのように、クラスメイト達は口を閉ざしていた。
もう、彼女は学園には現れないんじゃないのかなんて思っていた矢先、突然目の前に立っている。しかも、珍しく私が学食に居る日に限って…それすら仕組まれているんじゃ無いかと、12月の彼女を見ていれば疑ってしまう。
「私の力は大変素晴らしいと、あの方が褒めて下さったの。それもこれも、貴女たちが捕らわれてくれたお陰よ」
「え…」
「一般の人間ではとてもじゃないが太刀打ちできない…それを貴女たちが証明してくれたのよ?」
そんな物の為に捕まったわけじゃ無い。腹部から胸に掛けて締め上げられたあの苦しさは、忘れることなんて出来ない。今でもしっかりと思い出せるぐらいだ。
あの時感じた恐怖に、身を固くしてしまう…だけど、そんな私には気付くこと無くローズは続けた。
「けれど、いくら力を示すためだと言っても、周りを巻き込んではいけないとジズ様には叱られてしまったわ」
「ジズ、様…?」
「あら…はぐらかさなくても良いのよ。貴女だってご覧になったでしょう?漆黒の、魔法研究者様よ」
ローズが周りを巻き込むような強力な範囲魔法を撃ち終わった後に、抱き合うようにして消えていったあれのことだろうか…。
「…負傷している貴女を置き去りにしてしまって、ごめんなさいね」
「…え、いえ…」
申し訳なさそうに眉を下げて謝罪をするローズと改めて目が合い、息が止まる。
彼女の瞳は、こんなに濁っていたっけ…?リアムとは違った明るい緑の瞳は、もとより少しだけ焦点が合ってないように見えたけど…今では、光が無くなっている。
ドロリと溶けたような瞳はどこかうっとりとしていた。まるで、何かに洗脳されているようで、本能的に怖いと感じた。
「それだけよ。それじゃあ、失礼するわね」
にこりと笑う姿が、昔の彼女よりも少しだけ棘が無くなったようだ…それが、腐敗しているかのように濁りきり、凜とした雰囲気が無くなったせいなのかは分からない。
呆然と彼女を見送っていると、何かを思い出したかのように振り返った。
「リアムルート。攻略おめでとう」
待って…彼女は、今、なんて言ったの…?
「貴女のせいでリアムが攻略できなくて、魅力値はギリギリだったけど…他のメンツでなんとかなったわ。きちんとお目当てのルートには入れたから、許してあげる」
「なに、いって…」
「あら、心当たり無い?それならそれで結構よ…じゃあね、背景モブ女さん」
◆
とんでもないカミングアウトをされた気がする。
確かに、1月の時点で各キャラルートに突入している。ここで誰かのルートに入っていれば、攻略完了と言っても過言では無い。だけど、なんでそれをローズが知ってるの…?しかもリアムルートってどういうこと…?やっぱり、彼女は転生者だったってこと…?
口ぶりからして、彼女のお目当てはジズって男だろう。あんなキャラ居なかったけど、見た目の豪華さは攻略対象キャラそのものだし…前世の私が死んだ後に出た続編に登場した新キャラだったのかな。
…え、待って、ってことは、その続編ではリアムも攻略対象キャラとして追加されてたってことかな…?!何それ、はちゃめちゃプレイしたかった…!!一番衝撃的なことに気付いて、もう出来ない悔しさに涙を飲む。本人と付き合ってるんだけど、ゲームの彼も堪能したかった…増えた立ち絵とか、感情別の顔グラとか…
妄想の中の推しへ思い馳せ、売店の扉の前でぐっと拳を握りしめていると、中で派手に何かが割れる音がした。
「え、何…?」
我に返った私は、勢いよく扉を押し開ける。すると、中では戸棚の前で立ち尽くしているリアムの姿があった。床に数本瓶が落ちていて、それを見つめて呆然としている。
「リアムさん?!大丈夫ですか?!」
慌てて駆け寄り、リアムへと触れて驚いた。この人、すごく熱い…!体温が低めの彼がここまで熱いなんて初めてだ。朝から感じてた違和感はこれだったのか…!なんでもっと早く気づけなかったんだろう!こんな状態で、昼は城まで行ってたんでしょう…?無理をしすぎだよ…!
自己嫌悪に歯がみをしていたら、ゆっくりとした声で名前を呼ばれる。いけない、そんなことより今はリアムの体の方が先だ!
「リアムさん凄い熱じゃないですか…!医務室まで、歩けそうですか?」
「大丈夫、ですよ…」
「大丈夫じゃないですよ!瓶だって落としちゃってるし、こんなフラフラで…!」
「いえ、本当に、大丈夫ですから…」
「いくらリアムさんでも、これ以上は聞けません。腕、回して下さい」
強引に彼の腕を私の肩へと回させれば、フラついた体は大人しく体重をかけてきてくれた。
途端に目を瞑り、荒い呼吸を繰り返し始める…きっと、朝より熱が上がってるんだ…こんな状態じゃ医務室まで歩くのも辛いだろう。とりあえず、裏のソファーへ横にさせよう…引きずるようにして歩き出せば、耳元から軽い呻き声が聞こえる。
「瓶が…」
「私が後で片付けておきます」
「だめ、ですよ…危ない…」
「今のリアムさんの方が危ないです」
ぴしゃりと言い放つと、まだ何かを言っているのをスルーして連れて行く。使い慣れたソファーの上へと座らせれば、背もたれを滑るようにして横へと倒れた。こんなぐったりしてるのに、無理に動いて…彼の過去を考えれば、当然のような気もするけれど…今はリアムとして生きているんだから、きちんと言って欲しい。
私、そんな頼りないですか…そんな問いかけが出そうになるのを慌てて飲み込む。それよりも、やるべきことはまだまだ残ってる…!
荷物をソファーの横に置くと、苦しそうにしているリアムの頬を撫でた。
「ちょっと待ってて下さいね。今、人を呼んできます」
もう声も届かないのか、目を瞑っている彼からの反応は無い。熱い頬をもう一度撫でると、医務室目指して全速力で駆け出した。
乱れる呼吸のまま、ノックもせずに勢いよく扉を開ければ、デスクに座っていた保健医が大きく肩を揺らすのが目に入る。
飲んでいた珈琲が零れてしまったようで、あちぃと叫んでいたけど、気にせずに室内へと入った。
「な、なんだ、嬢ちゃんか…!医務室の扉は静かに開けなさいよ…」
振り返ったドナートは、ジト目でこっちを見てくるが、そんなを気にするほど今の私に余裕は無い。ずんずんと進み、彼の前まで来ると問答無用で腕を引っ掴む。
「ひえ?!」
私の圧に押されたドナートが、悲鳴めいた声を上げる。
「一緒に、来て下さい!」
「え…ど、どこへ…」
勢いよく引っ張ればドナートはわりと簡単に立ちあがってくれた。意外とこの人は押しに弱いの…?無言のままさっきと同じスピードで走り出せば、転びそうになりながらも付いてきてくれた。
「ちょ?!ちょっと待てって…!」
「一大事なんです!!」
「ま、嬢ちゃん!おねがい、まって…!」
後ろから静止の声が聞こえるけど、待ってられません!リアムさんが倒れてるんだから、一刻も早くドナートには来て貰わないと困る。
ひーひーと苦しそうな声が聞こえてくるのもシカトして、もう一度売店・医務室間を全力疾走した。
売店の中まで到着したら、ドナートの手を離す。私の支えを失ったせいか、彼はそのままヘナヘナと床へ座り込んで込んでしまった。白衣が腕の所までずり落ち、眼鏡を傾かせ、上を向いて激しく息を吸っているけど…心配してる暇は無い。
ドナートをそのまま置いて、バックヤードへと駆け込んだ。さっきと同じ体勢で横になっていたリアムだったけど、胸の上下する具合がさっきよりも大きい。苦しそうに呼吸をしている彼の元へと静かに近付いた。
「リアムさん…分かりますか?」
触れればさっきよりも熱い。冷たさを求めてなのか、私の手へと擦り寄ってきたリアムを見て、泣きたくなる。もっと頬を撫でてあげようとした所で、いきなりリアムの目が開いた。
耳元を掠める音と、後方からガンっと鈍い音。それから悲鳴が聞こえ…横になっていたリアムは、いつの間にかソファーの上で身を低くして戦闘態勢をとっていた。
「あっぶねーな?!なにすんだ、リアム!!」
「え…?」
振り返ると、バックヤードの入口で怒っているドナートの姿があった。そんな彼の足下ギリギリの位置には、ナイフ2本…深く床へと刺さっている。
「え…?」
再び前を向けば、感情を何も感じさせない瞳をした本業モードのリアム。こっちは何も返さず、ただただ入り口を見つめている。
「リ、リアムさん…?」
名前を呼ぶと、ゆっくりとこちらへ移動してきた視線…それと絡み合えば、ぱっと目に光が戻った。
「ユノ、さん…」
「リアムさん!!」
へにゃっと笑ったと思うと、そのまま前へと倒れ込む。床へと倒れ込む前に、慌てて抱き留めることに成功した。そんな私たちのやりとりを見学していたドナートは、ずれた眼鏡を押し上げながらナニコレと苦情を言っていたけど…やっぱりシカトをしておいた。
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