1月14日その2

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1月14日その2

   ドナートにリアムを見て貰っている間、何も出来ない私は、放置されてしまっていた割れている瓶の片付けをしていた。  本当は一時でも傍を離れたくはないんだけど…苦しそうに呻いている彼を見ているだけなのは正直つらい。せめて、今私の出来ることをしよう…そう思って、ドナートにリアムを任せて部屋をでた。  一通り片付けても出てこない…ため息を吐きながらカウンターへと背中を預ける。見慣れすぎてしまった売店を眺め、そこにリアムが居ないのが違和感で仕方が無い。早く良くなってください…心の中だけで祈っていたら、後ろから物音がした。  バックヤードから、気怠そうなドナートが顔を覗かせている。 「先生…」 「そんな顔すんな、大丈夫だ」  良かった…体の力が抜ける。立っていられなくて、カウンターへ縋り付くようにして床へ座り込んだ私に、驚きの声を上げながらドナートが駆け寄ってきた。 「嬢ちゃん?!おい、大丈夫か?!」 「大丈夫です…気が抜けただけ…」 「ったく…揃って世話のやけるやつらだなぁ…」 「すみません…」  髪を掻き混ぜるように頭を撫でられる…懐かしい感覚に、俯いていた頭を上げる。目尻に皺寄せて笑うドナートに、釣られるようにして笑ってしまった。  珍しく髪の毛を整えるようにもう一度頭を撫でられる。大人しくそれを受け入れていたら、ところでよ、と再び切り出し始めた。ドナートは、いつもの面倒くさそうな顔じゃなくって、真剣な表情を浮かべている…何かあったのかな…はい、と答える声が不安を隠しきれずに震えてしまった。 「今日は、リアムと一緒に居たか?」 「朝は一緒でした…」 「昼は?」 「お昼は、他のお仕事があるからって言ってここを留守にしていたので…」 「他の仕事?アレクん所か?」 「え…ご存じなんですか?」 「あー…まあな。なんとなく察しが付いた…とりあえず、迎え呼ぶから嬢ちゃんはリアムん所居てやれ」 「迎え…?」 「あのままじゃ帰れねぇだろうし、リアムにとっては嬢ちゃんが一番の薬だよ」  小さい子供にするようにぽんぽんっと頭を軽く叩いたドナートは、それ以上何も説明することなく立ちあがった。よっこらせなんて口にして腰を叩きながら部屋を出て行ってしまい…呆然と後ろ姿を見送ってから、はっと我に返る。  リアムの所に行かないと!!そう思いつけば、急いで隣の部屋へと駆け出した。  ◆  城へ戻るためにと寄越した迎えは、なんと馬車できました…!馬車って物に乗ったのは、これで2回目ぐらいかもしれない…!  1回目は田舎からここまで出てきた時に、行商人に相乗りさせてもらった記憶。荷物と一緒だったから乗り心地なんて話じゃなかった。頭守るので精一杯だよ。それと一緒にしちゃいけないぐらい、ちゃんとした馬車に乗らせてもらっている。  キョロキョロと田舎者丸出しの私の膝の上へ頭を置き、眠っているリアム…そんな私たちの向かいには、なんとドナートが座っている。  迎えを呼んでくれた彼は、リアムの自室まで付き合ってくれることになった。私一人で運べないかもと思っていたので、有り難いんだけど…ドナートが付いてくるのは結構意外だ。  ちなみに、乗り込む時は肩を貸してリアムをほぼ引きずるようにして馬車の前まで連れてきて、車内へと放り込んでいた。そんな乱暴で大丈夫なのか心配したけれど、医者である彼がするんだから間違いないのだろう…。  リアムが横になっている所の向かいへ乗り込もうとしたら、嬢ちゃんはそっちだろと顎でリアム側を指され…恐る恐る座ったら、私の気配を察知したようにすぐさまリアムが膝上へと乗り上げてきた…まるで小動物のような可愛い動きは、忘れられない…!  歩いてもそこまで掛からない距離なので、馬車を使えばすぐに到着する。ドアを開けられ降りるタイミングとなっても、リアムは目を瞑って動かない。 「リアムさん…お城、着きましたよ。起きれますか?」 「ん…」 「リアムさーん…?」  寝返りをうち、私のお腹へ顔を擦りつけてくる…か、可愛い…!起こしちゃうのは可哀想…こんな時、私にもリアムをお姫様抱っこ出来るぐらいの腕力があれば良いのにと悔しくなる。筋トレしようかな。  擦りつけてくる頭がくすぐったくて、思わず笑ってしまう。 「もう、ダメですってば…」  くすくす笑いながらリアムの髪を梳くように撫でていると、向かいから大きな咳払いが聞こえた。  そう言えば、ここ馬車の中だった…!やだ、今ものすごいバカップルを披露したんじゃないの…?!弾かれるように顔をあげると、げんなり顔のドナートと目が合う。 「ぁ゛…!」  ひぃい!気まずい…!!ゆっくり視線を逸らし横を見れば、顔を真っ赤にした扉を開けてくれた騎士さんが居た。こ、こっちも気まずいぃ…!! 「リリリリアム、さん…!」  助けを求めるように膝に居る彼を激しく揺する。起こすのが可哀想とか言ってられない、むしろ起きてもらわなきゃ困ります…!!必死に揺らしているのに、反抗するかのように腰に腕が回り込んできて、ぎゅっと抱きしめられてしまった。 「ひゃぁ?!」  何この人、可愛いんだけど、恥ずかしさで爆発しそう…!!耐えきれずに悲鳴を上げながら顔を両手で押さえる。頭から湯気でも出そうなぐらい恥ずかしい…!  そんな私を不憫に思ってくれたのか、ドナートが動く気配がした。 「おい、リアム。着いたぞ、起きろ」  途端、パンっという渇いた音は車内に響く。驚き手を離せば、起き上がり途中のリアムがドナートの手を叩き落としていた。 「あ、れ…ドナート…?」 「…おはようさん」  赤くなっている手を撫でながら、ドナートが返せば、状況を把握できていないリアムは首を傾げながら起き上がる。 「ユノさんまで…?一体、何が…?」 「…いいから、とりあえず部屋戻るぞ、若者達…」  今日一番の疲れを見せながら口にしたドナートの言葉に、私たちは頷くことしか出来なかった。  さっきまで一人で歩くこともままならなかった彼だけど、馬車を降りたらいつも通りだった。倒れていたのが嘘のようだ…時折すれ違う騎士の方々に挨拶をされていて、敬礼を返す姿は凜としていて格好いい。  驚くことに同じ挨拶をドナートもしていた。こっちもいつものだらしない雰囲気を感じさせない姿で…ただのイケおじに大変身していて、驚いた。ギャップ萌えだ…。  そんな目立って仕様が無い二人に挟まれている学生服の私…いたたまれない空気を感じながらも、必死に頭を下げてお辞儀をすることで乗り切った…と思いたい。  前回は城の外から入ったリアムの部屋へ、今回はきちんと正式な道のりで向かう。3階ほど階段を上り、似たような部屋が続いている廊下の一室の前で、扉を開ける。  すると、そこは一度だけお邪魔した彼の部屋だ。ちょっとだけ懐かしい。 「んじゃ、後はよろしく」 「え…?」  部屋に入った私たちとは違い、ドナートは入り口で立ち止まっていた。まだリアムは本調子じゃ無いだろうし…放っといても大丈夫なんだろうか…不安げな私を見て、大丈夫だよと、眼鏡を押し上げた。ついで、隣に並んでいるリアムも頷く。 「解毒はしてある。元々具合が悪かったせいで、一気に熱が上がったんだ…本来のリアムなら、あそこまでバテるようなもんじゃなかったよ」 「…お手数お掛けしました」 「後は寝てりゃ治る、念のため明日も休んでおけよ」 「それは…!」 「しっかりアレクセイに報告してくるからな…後、嬢ちゃんにも礼言っとけよ」 「ユノさんに…?」 「取り乱しながら俺のこと全速力で引っ張ってきたんだぞ」 「え!?ちょ、ちょっと、先生…!!」  会話してる2人の間で、突然私の話題出れば反射で叫ぶ。なんて余計なことを…!そんなこと言わなくて良いです!!!慌てて声を上げると、ニヤついた顔を返された。わざと言ったなぁ、このイケおじ…!!  無情にも扉を閉められ、ドナートは行ってしまった。訪れる静寂…なんか気恥ずかしく感じながらチラリとリアムの方を見れば、熱っぽい瞳と目があった。 「さっきの話…本当?」 「えッ?!…あ…、う……はい…」  消え入りそうな声で返事をすれば、そっかぁと間延びした返事が返ってくる。なんだかいつもと様子が違う…やっぱりまだ具合が悪いのかな…?  人の前だと無理をしがちになるのは、ここまで来るのに充分に理解した。大丈夫なのか心配になりながら見つめていると、おもむろに抱きしめられる。優しく力を込められ、収まったリアムの胸元…やっぱり熱が高いようだ。 「すごく嬉しい…有り難う」 「当たり前ですよ…ほら、もう少し眠りましょう?」 「はい…」  諭すように背中を優しく撫でると、大人しく言うことを聞いてくれる。ベッドへと先導し、座らせる。シャツとズボンの格好にさせて横になってもらう。  この制服はどこかに掛けておかないと…ベッドへ背を向けた途端、後ろから引っ張られ、体勢が崩れる。 「きゃ?!」  倒れ込んだ私の体へ、熱い腕が絡みついてくると、お腹を思い切り引っ張られ…気付けばベッドの中。首筋に熱っぽい息を掛けられて、思わずぞくっとした。 「リアムさん…?!」 「ユノさん…ここに、居てくれませんか…?」 「え…」 「お願いします…何もしないので…」  肩越しに振り返ると、不安げに揺れている瞳があった。この人がこんなに弱気になるなんて初めてのことじゃないかな…本当は、貴方こそ限界を見誤らないで下さい、とか言ってやろう!とか思ったんだけど…こんな姿を見ちゃ、優しくしてあげたくなっちゃうよ… 「ちょっと、いいですか…」  離して欲しいと身じろぎながら小さく呟くと、リアムの腕がピクリと揺れた。それからのろのろと力が抜けていくので、ベッドから抜け出す。  床へ落ちてしまったリアムの制服を近くの椅子の背へ掛る。ついでに、寝やすい様に自分の制服のジャボと靴下を脱いで椅子へ放った。  それから、不安げにこちらを見つめている彼が居るベッドへと戻る。靴を脱ぎ、寄り添うように彼の靴の隣へと並べると、再びベッドに上がり込んだ。 「もう、無理はしないですか?」 「…はい」 「辛かったら、きちんと言えますか?」 「…ええ」 「約束ですよ」 「…約束、します」  しっかりと頷いたリアムを見てから、今度は向かうようにして彼の隣へと滑り込む。彼の腰へと腕を回して抱きつき、半開きになっている唇へ軽くキスをした。 「破ったら針千本飲んで貰うんですからね?」 「それは…恐ろしいですね」  困ったように笑うリアムからも、腕が伸びてきて背に回される。私のことを抱きしめるようにして目を閉じたリアムからは、すぐに寝息が聞こえてきた。  なんだか、今日はいろんなことが起こった一日だったなぁ…。  リアムの違和感から始まって、ローズのカミングアウトに、倒れてしまう事件。素直に甘えてくるリアムと、ドナートとの意外な一面…盛りだくさん過ぎだよ…  苦笑しながら今日の出来事を思い出したけど…やっぱり気になるのは、ローズのこと。  他の攻略キャラたちにちょっかいを掛けていたのも、魅力値を一気に上げるための攻略だったのかな…あのゲームは普通に勉強するよりも、セックスをした方が魅力が上がる設定だったのをぼんやりと思い出す。  だから、リアムも利用をしたかった…だけど、私と付き合ってしまった為にイベントが発生しなかったんだろう。もしかしたら、試験の時死にかけたのは、本気で私を狙ったせいなのかもしれない…今考えればゾッとする。  それと同時に、彼らのことを単なるキャラクターと扱い、ステータス上げの為だけにセックスを繰り返していたローズを、少しだけ可哀想だと思った。  彼女がそれを良しとしているなら構わないけど…それを自分に置き換えれば、とてもじゃないが耐えられない。  だって、私は好きな人と愛のあるセックスがしたい。隣で無防備な寝顔をしているリアムを見て、つくづくそう思う。  確かに私だって、前世は推しとしてこの人のことが好きだったけど…医務室で初めて会った時には、そんなの関係なく好きになった。一目惚れも良いところ。  そんな彼と仲良くなりたくて、努力して…少しずつ築き上げてきた信頼をしっかりと感じる。今までの彼との日常は予め決められていたシナリオだったとしても、一緒に過ごしてきた日々は変わらないんだ。  ゲームとか、好感度とか、そんなのじゃなくって…私たちは、この世界で生きている。人間として生きて、普通に生活をして、こんな素敵な人に好きになってもらえたんだ。 「幸せ者だな、私は…」  擦り寄るようにしてリアムへ近付けば、無意識に抱きしめ返される。本当に、この人と恋人になれて良かったなぁ…眠りに落ちる瞬間まで、そんなことを考えていた。
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