12月25日

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12月25日

   期末テストの結果は、前回より1つアップの4位だった。  1位はリーンハルト、2位はラミ、3位はローズ。  メイン処のオンパレードの中に私の名前が入っているのは、正直落ち着かなかったけど…それよりも、前回10位圏内にも居なかったローズが、いきなり3位へ食い込んできたのには驚いた。だけど、ゲーム内ではこの結果でルートが決まるため、ここで本気を出すのは、攻略的に正しい。  そう、ローズの攻略・ステータス上げ共に、恐ろしいぐらいに順調なのだ。  私が確認出来てるだけでも、ラミと1回、イヴァンと2回、リーンハルトと1回のエロイベントを消化している。テストの結果から察するに、知識、体力、魔力共にステータスは高い方だろう。  この世界が18禁乙女ゲーだからと言っても、エロイベントってそこまで簡単に発生するもんじゃなくって、それなりの努力は必要だ。リーンハルトの媚薬イベントなんて、計画的に数値をあげていかないと発生させるのは難しいはず。大体、なんでピンポイントにあの日の深夜にあの場所にいたのか。  彼女は一体何者なんだろう…もしかして…ローズも転生者…?この先の出来事を知っているから、効率良くステータスを上げている、とか…?それに、月単位で入荷する好感度上げアイテムである女神の涙を、毎回ローズが買い占めてるってリアムが言っていた…。  好感度爆上げの感謝祭は、見たことも無い黒ずくめの男…ジズだっけ?と一緒にいたから、現段階では誰を狙っているのかも分からない。 「すごいね、ローズ。頑張ったじゃない」 「そんな、ラミとリーンハルトにはまだまだ追い付かないわ」  張り出されている結果を見て楽しげに話すローズとラミを眺めながら、勘ぐってしまう。 「そんな、まさかね…」  飛び抜けすぎた妄想だ…何考えてるんだろう…。  それに、彼女が誰とくっつこうが、私とは関係が無い。メイン処とはそれなりに接点はあるけど、お近づきになりたいと思ってはいない。リアムが恋人ってだけで、人生バラ色なのです。  ああ、でも、ラミとローズがくっつくなら、今後も付き合いが出てくるのかな…?顔を合わせる機会は学園にいる時より増えそうだ。  まあ、シナリオ通りに進んでいるとすれば、もう少し先で起こるイベントで一番好感度が高い人は分かるんだ。ここで悩む必要も無いか。  12月に控えているイベントの存在を思い出すと、少しだけ気持ちが重くなった。決して楽しい物じゃないし、怪我をする恐れだってある。  以前の実技テストみたいに、ローズの異常な魔法のせいで流れが変わってしまうかもしれないし… 「なんだよこれ」 「え…?」  横から声をかけられ、沈んでいた意識を浮上させる。いつの間にか隣に立っていたのはリーンハルトで、腕を組んだ彼は少し不機嫌そうに眉を寄せていた。  彼との間で起こった、先月の深夜の媚薬事件は記憶に新しい。少しだけ気恥ずかしさもあるけど…私たちの関係は、以前よりも友好的になっていた。  事件次の日は、目も合わせられなかったけど…数日後、相手から呼び出されたのだ。恐る恐る呼び出しに応じれば、腰が直角になるほどの角度で頭を下げて謝罪をされた。実際事故だったし、私たちの間では何もなかった。リーンハルトは何も悪くない。  むしろ、私が叫んだせいで事故が発生したようなものだし…私の方こそ申し訳ないと謝罪返しをしたら、アンタは良い奴だな、と涙目で見つめられた。  聞けば、あれ以降ローズから頻繁にデートの誘いを受け、研究が滞っていると。関係を持ってしまった以上、誠意を持って彼女には付き合わなければならない…と。ツンデレながらも真面目なリーンハルトは、押しの強いローズの誘いを断り切れずにいるらしい。不憫だ。  そんな愚痴を聞いていたら、自然と友人関係となり、リーンハルトなりに私のことを気に掛けるようになってくれた。知力が高い人に好感を持つタイプの人だし、今の私の成績なら、相性は悪くないんだろうなぁ…友達少ないしね、リーンハルト…。 「なんであの女がアンタより上なんだよ…」 「あはは…努力が足らず、すみません…」 「どうしてそこでアンタが謝るんだ…!」 「今回の考査でも、リーンハルトにはお世話になったし」 「べ、別に…!僕は、アンタに愚痴を聞いてもらっていただけで…ど、努力したのは、ユノ、だろ…」  顔を背けてるけど、耳を赤くしながらどもる。最後の方なんて、蚊の鳴くような声だ…。なんだこいつ、可愛いじゃないか…3次元ツンデレ厳しいっすわと思ってたけど、デレまでくると嫌いじゃないよ。  思わず笑えば、笑うなと怒られてしまった。  沈んでいた気持ちを、リーンハルトに救われた気がする。そこまで考えて声を掛けてきてくれたのか分からないけど、切り替える切っ掛けには十分すぎる程だ。 「リーンハルト」 「な、なんだよっ?!」 「ありがとね」  不安がっても仕方ない。とにかく、自分が出来る限りのことをしておこう。  小さく息を吐き出すと、教室へと入っていった。  ◆  少しだけのんびりとした時間が過ごせる12月。  日本製のゲームだけあって、年月の過ぎ方は前世と一緒、12ヶ月で1年が終わる。そして、この世界でも、年末年始の1週間だけ学園はお休みとなる。1週間だけだけど、そこまでの長期休暇がもらえるのはこの時だけだ。  12月も半ば、今日明日と授業を出ればその長期休暇を迎えるともなれば、浮かれてしまうのは全世界共通だ。  今日も残すところ、午後の授業1つのみ。時間通りに席へついたにも関わらず、そわそわする生徒たちのせいで、教室は楽しそうな声で溢れていた。  珍しく、開始時間を10分過ぎても現れない先生を気にする人たちはいない。  今年最後のイベントは、記憶通りであれば今夜から発生する。間違いであれば良いのにとも思ったけど…今朝、連絡もなくリアムは店を閉めていた。また明日と昨日別れたはずなのにだ…。急遽呼び出されるようなことがあったに違いない。閉まっている売店を見て、やっぱり避けられないのだと確信した。  そのイベントの前段階が、今だ。それを知っても尚はしゃげる訳もなく、窓の外をぼんやりと見つめる。窓には、やっぱり不安げな表情をした自分が写っていた。  窓越しに目が合ったのは後ろの席のイヴァンで、一瞬だけ驚いた表情を浮かべてから、すぐに口角を上げる。 「元気ねーなぁ」 「…そう?」 「もうすぐ長期休暇だってのに…嬉しくねーの?」 「…うち、実家が遠いから、帰れないし」 「え、マジで?」  あからさまに地雷踏んだって顔をされて、苦笑してしまう。私は気にしないけど、そのまずったって顔は他の女の子の前ではやらない方が良いよ… 「緊急事態が発生した」  私たちの会話は、足早に教室へ入ってきた先生の声で終了した。  浮かれていた生徒達は口々にどしたのかと質問をぶつけるが、先生はそれには答えずに教壇へ立つ。静かに、と声を張り上げたら一瞬で静まりかえった。  この世界の生徒の質が良いとか、そんな話じゃない。初めて見る先生の異常な程に鋭い雰囲気に、威圧されている。 「今朝方、北方の魔境にて魔獣が大量発生、その群れがこちらへ向かってきている」  魔獣の大量発生は、わりとよくあること。それだけでは、生徒達の動揺は見られない…けど、なぜここまで先生が焦っているのか…そこまでを悟れた人たちは、話が別だ。  緊急性を把握出来たリーンハルトは息を飲んで、ラミは目を細めた。 「現在騎士団による討伐が行われているが、劣勢で押されている。早くて今夜、王都郊外へ達するとみられる」  先生の初めて見る緊張した様子でこんな説明をされれば…さすがに、次ぎに続く言葉も想像出来る。他人事で話を聞いていた生徒たちが、表情を固くさせて先生に注目をし始めた。  何人かは信じ切れずにいるようだけど…その反応をしてしまうのだって、頷ける。  だって、通常なら有り得ないことだもん。私だって、初めてプレイした時にそんな都合良く有り得ないでしょって笑ったぐらいだ。 「現在、人員が居らず逼迫しているため…諸君等にも、防衛戦の命が下った」 「そんな…騎士たちは…?!僕たちよりも遥かに強い、戦い専門の魔法使いたちだっているはずだ…!」  誰かの叫びで、我に返った生徒たちが口々に同意の声を上げる。信じたくないんだろう…誰だって、死にたくない。 「精鋭騎士・戦闘員魔法部隊は、5日前に南方で発生した超大型魔獣制圧へ遠征に向かった」 「ほ、他の人は…?!」 「昨日20時頃、西方にて物理無効の脅威を確認した。詰めていた戦闘員魔法部隊、非常時戦闘員を出している」 「それじゃあ…」 「今夜を凌ぎ切れば増援がくる。無論、私たち教員は全員赴くし、君たちだけで放り投げたりはしない」  そこまで言われれば、声が出なかった。浮かれ気分だったのが一転、避けられない戦いへの強制出撃。  文字で追っている時なら有り得ないと笑えた状況も、実際に体験してみると話は変わる。突然の実戦投入に、静まりかえった教室内は重い空気に包まれる。  絶望したように下を向く生徒たちの中で、一人が立ちあがった。 「戦いましょう…!私たちには、その力がある。知識がある。実技試験の延長です、皆さんの魔法を持ってすれば、敵じゃ無いわ!」  凜と響く声。視線を上げれば、当然と言うべきか…そこにはローズが立っていた。教室全体を見渡して、立ち上がりましょう!と呼びかけ続けると、男子生徒から同意の声が返ってくる。それは次第に教室全体へと広がり、伝染するように奮い立たされていった。なにこれ…信じられない扇動力…  熱気で溢れかえっていく教室内。さっきまで絶望に包まれていたなんて、嘘のよう…ヒロインの力を見せつけられたような気がする。 「ユノ、大丈夫か」  呆然としていた所で声をかけられ、ビクリと肩を揺らす。まさかこのタイミングで声を掛けられるとは思わなかった…驚きながら振り返った先に、真剣な顔をしたイヴァンが座っていた。 「あ、うん…大丈夫」 「無理すんな…顔色が悪い」 「え…」  彼が本気で心配する程までに、私は酷い顔をしてるんだろうか…。せっかく上がった士気を下げないように、気をつけながら笑顔を作ってみせる。 「大丈夫、絶対勝とうね」 「オマエなぁ…震えてんじゃん」  言われて初めて気付いた手の震え。こんなに周りはテンションが上がってる中、変に冷静でいられてしまった為に、流されきれなかった…先を知っているなんて、ろくなことにならないなぁ…。  震えを隠すよう、座っていた太ももの下へ手を突っ込んだ。ついでに誤魔化すように笑えば、イヴァンはため息を吐いてそれ以上の指摘はしてこなかった。 「ったく…イカれてんぜ、あの女…」  吐き捨てた言葉には軽蔑が混じっていた。不機嫌そうに肘をついて、窓の方へ顔を背けてしまったイヴァンはそれっきりこちらを見ようとしない。  仕方なく前へと視線を戻し、なんとなく視界に入ったローズの表情を見て、絶句した。  盛り上がり意気込む生徒たちの中心で、扇動した張本人であるローズは…恍惚とした表情で、笑っていた。
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