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あったかさの理由
冬真っ只中の平凡な日常。
レフ・クラスノフとオリガ・ヴァシレフスカヤは学び舎への歩を進めていた。
数日ぶりに雲が薄くなって、朝日が歴史ある街並みを照らしているが、それでもまだ冬の空気を温めるには足りない。レフはかじかむ両手をポケットに入れたまま歩いていた。
「レフ、小さい頃から寒がり屋さんだもんね。いいものあげよっか?」
オリガが手にしていた紙袋から、なにかを取り出した。
「ホットドッグ? これ食って体温上げろ、っての?」
「莫迦。よーく見なさいよ」
やんちゃそうな外見に似合わず、実はここ最近視力の落ちているレフである。スクールカースト下層のギークっぽく見られたくないという理由で愛用している、ゴーグル型の眼鏡を下ろして、じっとオリガの手元を見つめ直した。
彼女が手にしているのは、ニットミトン──手編みの手袋だった。
ブラウンカラーの毛糸で編まれているのだが、そういうデザインなのだろうか? 中心にあしらわれたレッドやグリーンのラインと所々のほつれや歪みが、遠目には焼きたてのコッペパンに挟まれたレタスやソーセージそのもので、まさに「ホットドッグミトン」という新たなカテゴリーを生み出していた。
「な、なによ! 初めて作ったんだから、ちょっとぐらい不格好でも仕方ないじゃない……」
オリガは顔を真っ赤にして目を逸らす。ミトンを紙袋の中にしまおうとした、その手の上にレフのひんやりした手が重ねられた。
「それ、あったかそうじゃん。早速着けてみるよ──。うん、やっぱりあったかい!」
ミトンを着けた両手をひらひら振って、レフは満足そうな顔をオリガに向けた。
「ふーん、あたしからの手作りプレゼントがそんなにうれしいんだ。テンション上がって体温も上昇しちゃったってわけ?」
オリガは小悪魔風の笑みを浮かべて言う。今度は逆に、レフの顔が真っ赤になっていた。
「そ、そんなんじゃないって! ほら、アレだ。見た目がまるで焼きたてほかほかのホットドッグみたいだから、プラシーボ効果、ってヤツだよ!」
プラシーボ効果の意味を微妙に取り違えつつあわてて誤魔化すが、オリガからのプレゼントに暖かさを感じる本当の理由は、彼自身わかっていた。
冬来たりなば春遠からじ。
ふたりの春も、そう遠くないのだろう。
了
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