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「And I’m a Japanese rapper. Can I sing for you?」
Really? と一瞬驚きつつも彼女はすぐに快諾してくれ、まだ残っている常連客に声を掛けた。チェコ語で何と言っているのかわからなかったけれど、大方「この人ラッパーで、今から歌ってくれるんだって!」というようなことを言っていたのだと思う。
やっつけで組み上げたトラックをiPhoneで流し、覚えたての八小節分だけ韻を踏んだ。
はじめまして、言葉わかんない
だったら今何も伝わんない?
そんな筈ないよ君の笑顔が
こんなに今心満たしてる
ってことを僕はどうにか伝えたくて
ラップなんかしてる歌えないクセに
身体が揺れてくれれば嬉しい
忘れらんない記憶刻むその胸に
どうせ意味なんか伝わらないだろうと踏めばこそこんな大胆なことをしようと思えたけれど、意味に頼れないからこそ自分の声だけが頼りなのだという緊張感に卒倒しかけたその八小節を歌い終えるまでに、果たしてどれだけの時間が経っただろうか。けれど気付けば彼女も、常連の中年女性も笑顔で首を振ってくれていた。これは悪くない。全然悪くないな。
常連客が帰った後で、良ければ今度街を案内してくれないかと言うと、「ごめんなさい、今日はこれから彼氏と会うから時間ないの」と言われ、その一言が聞き逃せなかった自分を呪った。できるだけテンションを変えずに「No, problem. Thank you」と言って店を出た。
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