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その日の晩,陽翔は夢の中でうなされた。夢の中であの生物が目の前に現れ,寝ている陽翔の胸の上でちょこんと座り覗き込むように見ていた。その姿は病室で由佳のお爺ちゃんの上に乗っていたのと同じだった。
一晩中ただ黙ってじっと陽翔を覗き込んでは,顔を近づけたり遠ざけたりしていた。。
朝になって目が覚めても,あの生物が身体の上に座り覗き込んでいる姿が脳裏から離れなかった。
家族と一緒に朝食をとり,学校に行くと普段通りの教室に普段通りに日常を送った。唯一違うのは,ずっと目の前にあの生物が座り,陽翔を眺めていることだった。机の上に座り,目をクリクリさせながら陽翔の息を嗅ぐように口元に鼻らしきものを近づけたかと思うと,ゆっくりと遠ざかった。
陽翔は絶望とどうしてよいのかわからない不安に,ただただ黙ってその生物と向かい合っていた。誰も陽翔に声を掛けなかったが,由佳が陽翔の様子がおかしいことに気づき心配そうに声を掛けた。
「ねえ,ちょっと,陽翔。大丈夫? なんかおかしいよ? 熱でもあるんじゃない?」
由佳の声が遠くで聞こえていた。
「ねえってば! どうしたの? 大丈夫?」
そのまま陽翔は意識を失い,気が付いたときは保健室のベッドで寝かされていた。カーテンの向こうで保健の先生と担任が救急車を呼ぶべきか話しているのが聞こえた。母親にはすでに連絡をしたようで,もうすく学校に来るから,そうしたら救急車を呼ぶか決めようと話しているのがわかった。
ベッドで横たわる陽翔の上にあの生物がちょこんと座り,覗き込みながら何度も首をかしげた。
「なぁ……お前……なんなの……?」
その生物は真っ黒な目をパチパチさせながら,ゆっくりと陽翔に顔を近づけてきた。そして顔の匂いを嗅ぐような素振りを見せたかと思うと,陽翔の口からゆっくりと靄のようなものを吸い取りはじめた。
陽翔の目の前には母親の産道から外に出る瞬間,両親の嬉しそうに覗き込む顔,母親の母乳を求める瞬間,初めてハイハイしたところ,突然言葉が口から出た瞬間,両親の喜ぶ顔,由佳と一緒にお風呂に入っているところ,嬉しかったことや楽しかったことが眩しい光とともに一瞬で駆け巡った。
全身が嬉しさと楽しさで包まれ,これまで感じたことのない幸福感に包まれた。
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