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老指揮者が突然、右手のタクトを止め左手を不機嫌に振った。楽団員はもちろん、ホールの客席でリハーサルを見守る関係者の間にも異常な緊張感が走った。
日本クラシック界を支えてきた老舗オーケストラであり世界トップレベルの楽団として数々の名演を国内外のファンの記憶に残すNNN交響楽団。
今回招いた客演指揮者は「不世出の天才」「現代の奇跡」と呼ばれる世界的巨匠、エンリケ・ベルクマン氏である。東西冷戦中、東欧の名オーケストラを率いたのみならず旧ソビエトの国立オーケストラにもたびたび招かれたが時あたかもペレストロイカ前夜、大のレコーディング嫌いであったことも手伝ってその「神業級の名演」は全て鉄のカーテンの彼方、ごく一部の熱狂的な追っかけ旅行者からの伝聞として伝えられるのみである。そのためベルクマン氏の存在は長年、「東側にとてつもない天才指揮者がいるらしい」「謎の鬼才」としてカリスマを通り越して神格化すらされていた。
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