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「実にひどい演奏だ。こんな演奏では私の完璧で華麗なる経歴の傷にしかならん」
マツイは打ちのめされた。一介のアマチュアオケならまだしも、海外でも一定の評価を受け続けてきた「日本クラシック界の顔」たるトップオケに対してあんまりな罵倒である。
しかしそれは十分覚悟していたことでもあった。コンサート・マスターとしての責任もある。コンサート・マスターというのは(「コンマス」とも略されるが)指揮者がチームの監督とするならばならばコンマスはゲームキャプテン、チーム内の司令塔というべき存在である。団の中でも優れた音楽性とリーダーシップを持ち団員の信頼も厚い者で、通常は第一バイオリン奏者が任ぜられる。指揮者の意図をくみ取り団員の意思を代表する、両者の意志疎通を円滑する役割があり演奏会の成功には欠かせない。
三十そこそこで人生経験も奏者としての腕もまだまだ未熟な自分には手に余る重責だともマツイは思うが、他に適任もおらずこの演奏会には文字通り我がNNN交響楽団の存続が懸かっている……とあっては泣き言は言えない。そんな大事な演奏会にいくらネームバリューとブランド力があるからといってこんなリスキーな人選を許した事務方スタッフへの恨み節が胸を横切らないでもないが今さらどうしようもない。
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