マエストロ

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「マエストロ、問題点をおっしゃってください」 マツイは聞いた。 「いや」 マエストロ・ベルクマンは手を横に振った。 「君たちは音感もテクニックも申し分ない。技術的な問題があるか、といえば全くない。全盛期ほどの勢いはないが……まあそれでも欧米のトップオーケストラにひどく劣るというわけではない」 マツイは一瞬ほっとしかけたがマエストロはますます顔を険しくした。 「だが、実にひどい演奏なのだ。しかも原因がわからん。こんなことは長い指揮者生活でも初めてのことだ」 マツイはうろたえた。 この数日、一時間を越す交響曲のリハーサルは第一楽章の冒頭から全く進んでいない。公演は明日だというのに最終章で登場する合唱団に至っては未だに楽屋で待機中だ。ホール全体が「芸術の生みの苦しみ」などというありふれた限界をとうに越えた重苦しい空気に包まれていた。  しかしここは一か八か老舗オーケストラの、いや日本クラシック界の起死回生が賭かっている。各国のプロモーターやオケのマネジメント側から徐々に敬遠されるようになり、半ば引退状態であったからこそ実現した伝説の巨匠の招聘である。
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