偉大なるマエストロ

マエストロ

　昼休み時でもないのにレジには長蛇の列ができている。原因は二つあるレジのうちの片方を担当してる男が恐ろしいほど手際が悪いせいだと傍目からもわかった。
いや、それだけなら別に驚くにはあたらない。元の会社をリストラされたらしい中年男がレジ打ちにまごついているのなんて時々出くわす光景だし買い物目的で来ているわけではないのだからマツイには何の不都合もない。しかしマツイはレジの大渋滞を引き起こしている張本人に見覚えがあった。
「あれは……スズキさん？」
　マツイは目を疑った。首都フィルの元主席ヴァイオリニストにして第1ソリストの彼がなぜこんなところに……いや、原因はわかっている。ついこのあいだＮＮＮ交響楽団と並ぶ名門オーケストラ、首都フィルハーモニーが業績悪化と累積赤字の末に解散した。人気ではあちらが上、と巷では囁かれていたしマツイ達もそれは半ば認めざるを得なかった。にわかには解散を信じることができなかったし、それだけでも十分衝撃的だったのに。
団員達は全員解雇となったが国内の他のオーケストラはどこも財政難で縮小傾向にあり、団員全員が音楽家としてのキャリアを続けることは難しいだろうとは思われていた。だがスズキだけはーー