第1章

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 次の日、出社した時にはもう自分が会社の金を使い込んでいたという噂が会社中に流れていた。その一週間後には社長室に呼び出され懲戒解雇を言い渡されていた。結局、あの話に乗っても乗らなくても本田は自分を切るつもりだったのだということにこの時、笠原は初めて気づいた。  そこからは驚くほどあっという間にすべてを失った。根も葉もない噂が出始めたころは部下や同期であり親友でもある若松城介の力を借りて、笠原はなんとか自分の潔白を証明しようとした。しかし、その努力は徒労に終わった。部下たちは上司たちの顔色を見てすぐに逃げ出した。  若松に関して言えば、実は彼が本田と組んで笠原を陥れた張本人だと笠原が知ったのは会社を追い出されたすぐ後だった。  数時間、雪が降り積もる橋の上にいる笠原の体は震えている。東北の冬は寒い。コート一枚では心もとない。だが、憎しみの炎で頭の中が痛むほど熱い笠原にとっては体が感じる寒さなど関係なかった。この憎しみ、怒りをあいつらにぶつけなければ俺はどうかしてしまう。笠原はそう思っていた。  笠原は復讐を望んでいた。しかし、彼は実行することが出来ずにいた。理由は簡単だ。今、あの会社の人間に報復すれば容疑者として真っ先に笠原の名前が挙がるからだ。今や東北で笠原が横領したという事実を知らない者はいなかった。元々東北出身の笠原は地元の友人たちにまで白い眼で見られていた。この状況では復讐しても逮捕という報復を受けるだけだ。それでは意味がない。  ふと空を見上げる。どんよりとした雲の隙間からかすかな光が漏れている。ボロボロだった彼の心にその光は染みた。だが、その光に対する感激はすぐに警戒心に変わった。その光から何か生き物のようなものが出てきたのだ。その生き物のようなものは物凄い速さで笠原のほうに飛んできた。驚きと恐怖のあまり、逃げることも動くこともできなかった。かろうじて動く口を動かして笠原は呟いた。  「悪魔・・・・・・・」  この世の極悪人たちの顔を結集したような凶悪な顔、背中から生える漆黒の翼、血の色に染まった銛の形をした尻尾。こんなものがこの世にいようとは、笠原の体はただただ震えた。  「聞け、人間。俺はお前に呼びつけられた悪魔だ。早速、お前に復讐の力を与えてやる」  「俺が?呼んだ?人違いをしていないか。俺はお前を呼んだ覚えはないぞ」
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