第1章

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 真っ白い天井、ふかふかの毛布、乳のにおい、覗き込んでくる父親と母親らしき人、それと壁際に立っている小さい子供、その全てが一斉に黒川(瑞樹)の目に飛び込んできた。  すごい。なんだ、これは?本当に俺は他人の体に入ったのか?黒川は意識の中でなんとか自分の思い通りに体を動かそうとしたが、それは出来なかった。感覚や思考まで共有しているようだが、主導権は瑞樹のほうにあるらしい。その結論に達した黒川だったか、他人に自分が入り込んでいる感覚に最初は戸惑いを隠すことができなかった。  病院のベッドで寝ている黒川(瑞樹)は憤りを感じていた。自分(瑞樹)の顔を見て幸せそうな顔をする大人、黒川(瑞樹)の世話をしたがり、いつも兄貴面をしようとする子供、病院を散歩するときに見るほのぼのとした景色、人間たち。すべてが黒川にとっては退屈なものであり、体験したことがないものであり、理解できないものだった。自分以外の人間のために何かすることがそんなに幸せなことなのか?病院のベッドの上で、母の腕の中で、乳母車のなかで、黒川は何度も考えていた。それしか出来ることがなかった。  病院を出て、黒川(瑞樹)は家族と一緒に家に向かった。その家は住宅街に立ち並ぶ、何の変哲もない一軒家だった。だが、黒川にはそれが少し新鮮だった。屋根のついた家に住んだことが黒川にはなかったのだ。  相変わらず家族は自分(瑞樹)の世話を幸せそうな顔をしてやっている。最初は疎ましいと思っていた黒川もだんだんと悪い気はしなくなっていた。家族の愛情を素直に受け取るようになっていた。そして、黒川はそんな自分をあざ笑った。ちょっと人に優しくされ続けただけでこんな気持ちになるとは、これでは奴らの思うつぼだな。  だが、まだだ。俺はまだ自分やったことを後悔なんてしていない。どうせこいつは俺じゃない、無関係だ。本来人間という生き物は、いや、すべての生き物は自分のやりたいように生きるのが本来の姿だ。それを嫌う人間は自分を騙しているだけか、弱いだけだ。やりたいように生きる力がないからだ。相手の本来の姿に自分が飲み込まれるのが怖いだけだ。
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