第1章

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 俺はなんてことをした。後悔してもしきれない。心の中で黒川は叫んだ。そして、黒川(瑞樹)も悲嘆の叫びをあげた。このときだけ、黒川は瑞樹となった。その叫び声は断末魔のような恐ろしい叫びだった。とめどなく流れる涙を黒川は制服の袖で拭いた。  後頭部に激しい痛みを感じた。そうだ、あの日俺はバットで後ろから殴りかかって。  黒川は前のめりに倒れた。後頭部から流れる血が口に入り、黒川に死への合図を送った。  最後に黒川の口から、水沢一家の名前が一人ずつ零れていった。  「以上で、黒川登也の死刑は執行されました。水沢瑞樹さんの記録を提供してくださりありがとうございました。お陰で御覧のように彼は最後の日には自身の罪を悔い苦しみながら死んでいきました。この刑がご家族の心の傷を少しでも癒すことができたのなら光栄です」白衣の男がモニターの電源を消し、パイプに座っている水沢和夫とその母に深くお辞儀をし、その場を去った。そのあと現場責任者と名乗る別の白衣の男が入ってきた。  先ほどまで和夫と母はモニターを通して電気椅子で死刑執行される黒川の姿を見ていた。そのモニターは黒川の後悔の叫びも二人に届けた。   「これで本当によかったのですか?」和夫は俯きながら白衣の男に問いかけた。  「黒川には罪の意識がまるでなかった。それどころか奴は殺してきた人や自分の命すらなんとも思わない人間だった。今の犯罪社会、そんな人間たちはごまんといる。そいつらにとって死刑とはもはや罰ではない。だから、この更生刑が誕生した。どんな犯罪者にもその罪に見合った罰を与えることができる更生刑がこの時代には必要なのだ」白衣の男はこぶしを握り締め、力強く語った。  「それにご家族の無念も少しは晴れたでしょう?」  和夫は青白い顔を白衣の男に向けた。  「無念?確かに更生刑がなければ、あいつは妹のことなんて欠片も思い出さず笑いながらあの世に行っただろう。そして、俺たち遺族の怒りは永遠に消えることはなかったと思う。だが、更生し始めていた奴は人の痛みがわかる人間になっていた。俺は奴を殺すよりも、もう一度奴と話がしたかった。そして、妹を殺した罪を背負い、生きて償ってほしかった。なのに」  「何を言っているの?和夫?」壊れた人形のようにパイプ椅子に座っていた母が重々しい口調で言った。  「母さん?」
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