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「ここで、大丈夫。ここ曲がったらすぐだから」
「おっけ、じゃあな」
時間は17時45分。間に合って、良かった。
ホッとして踵を返す。と、手を握られた。小さくて、夏なのにひんやりとした手。
「なに、」
「あの、哀川くん、」
ーーー好き。
「知ってると思うけど、今日一緒に居て、もっと好きになっちゃって…あの、付き合って下さい…!」
瞳を揺らしながら、必死で訴える彼女。
なんの、トキメキもない。手に触れられていても、上目遣いで見詰められても。あの、胸が痒くて掻きむしりたくなるような、熱い感覚が全くない。
これが、米澤だったら。
そこで気付いた。俺、1日中、米澤のこと考えてる。何をしてても、米澤と比べてしまった。きっと門限の話も、相手が米澤なら、もっと寛大に考えられたはず。大事にされてるんだな、じゃあ俺も大事にしなくちゃ、って。
五十嵐の期待に応えたかった。だけど無理だ。
今の俺に、米澤以外の女の子と付き合うなんて、絶対に出来ない。
「…五十嵐のこと、好きになりたかったんだけど…ごめん、」
彼女の手を解く。
「…そっか、そうだよね…」
彼女の声は震えていた。
「好きな人、居るの?」
「…望みないから、諦めたかった。利用しようとしてごめん」
「ううん、こちらこそ、力になれなくてごめんね、」
五十嵐は、良い奴だ。こんなところでそんな台詞、俺なら出てこない。
「好きって言ってくれたのは嬉しかった、ありがとう」
「うん、」
「じゃあな、気をつけて」
彼女が角を曲がるまで、見送った。
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