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“トン‥トン‥‥。”
ノックもそこそこに、孝彦達は容疑者森月緋冴の病室を訪れていた。
「君も来てたのか‥‥。」
陽子達の姿を見つけて、霜沢が声を掛ける。
「ちょっと、親友の瑠依が心配だったもので‥‥。」
孝彦達の姿に、緊迫した空気を感じながらも、陽子は軽く会釈を交わしていた。
「すまないが、少しの間、二人とも席を外してくれるかな。」
「わかりました。行きましょ、瑠依‥‥。」
孝彦の言葉に促されるかのように、開け放たれたドアの向こう側へと視線を向ける。
だが一瞬、瑠依の驚きの表情が、彼等を病室入り口へと振り向かせた。
「亜紀‥‥?まさか依頼人って!」
病室の中へと歩み寄る彼の姿に、誰もが言葉を失っている。
「森月緋冴、彼女だ‥‥。そうですよね、お母さん‥‥。」
父親の驚いた顔を見ると、これは母親一人が知っていた事らしい。
「すみません。まさか、本当に来て頂けるなんて思わなかったし、幽玄亜紀は女性の方とばかり‥‥ついさっきまで‥‥。」
「幽玄亜紀って‥‥。あの有名な霊能者の!?」
祥己は、完全に我を忘れ驚きの声を上げていた。
幽玄亜紀(ゆうげん あき)、28才。
今まで一度たりとて、マスコミ関係者に姿を見せた事はないが、世間では知らない者はいないと言われる程、名前だけがクローズアップされている人物だ。
幽玄家は、代々有能な霊能者の血筋を継いでいると言われている名家であり、亜紀もその一人。
普段はバイクで気ままな一人旅に出ているようで、常に所在は不明。
彼自身、引き受けた仕事がある時のみ、姿を現わすという謎の多い人物だ。
超常現象のような‥‥つまり、世に言う霊的現象を相手にしているらしいのだが、彼の持っている本当の能力については、実際の所、誰も知らない。
霜沢晃とは母親同士が友人だった事もあって、昔からの幼なじみ。
孝彦とは、気の合ったケンカ仲間だった‥‥と、今はあえて言っておくことにしよう。
祥己の印象通り、モデル並みのルックスが一瞬目を引く青年である。
全くと言っていいほど、人前に出ない為、本人自らが名乗らなければ、恐らく誰も幽玄亜紀、その人だとは分からない。
年齢不詳、性別不詳が、その事実を物語っていた。
「お母さん、差し支えなければ、ここに居る刑事さん達にも、事情を知っておいてもらった方が良くありませんか?」
母親はうつむきかげんに、亜紀の言葉にうなずいている。
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