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あの場にいるのが自分だったらそうするのに。
香澄はそう思いながら、息苦しさに胸を少し抑えた。
精子提供者バンクに登録したのは、香澄より紗英の方が後だった。
香澄と同じように紗英もまたコツレサマに憧れていた。
そのせいか自然と仲が良くなった。
バンク登録前まで紗英がつきあっていた彼氏は結婚の意志もあったし、子どもが好きでもあった。
でもその彼氏は精子の数がかなり少なく、どんなに儀式をしても、紗英がコツレサマになる可能性は少なかった。
でも紗英もまた香澄と同じくコツレサマになることが最優先だった。
男よりも、子ども。
結果として、何度かバンク登録のパートナーを変えて1年前。
3人目だという相手との儀式で、紗英はミシルシを授かり、順調にミシルシを育てあげ、そうしてオコを産んだ。
泣き叫ぶように喜び、報告してくれた紗英に、「おめでとう」を言いながら目眩を覚えたことを香澄は昨日のことのように思い出せる。
祝いの言葉を、あれほど口にするのが辛かったことはない。
悩んで泣いていた紗英の肩をそっとさすったり、たまには退勤してから近くの安い居酒屋で愚痴を聞いていたりしたのは香澄だ。
でも今は、その紗英が、遠い。
「さあさあ宝田さん、オコをあやしておいで」
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