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「ねえ聞いた? 望さん、私たちの仲間入りだって」 「まあ、ようやくコツレサマになれたのね」 「ずっとがんばっていたもの、彼女」 「ほんとね、これから幸せね」 背後から聞こえてくる女たちの会話に全身を耳にしてうかがっていた香澄(かすみ)は、手にぶらさげた根菜や野菜や肉や牛乳がいっきに重くなるのが分かった。 自宅マンションまでの長い坂をのぼる足も重くなる。 いや、それより前から足は重かったから、一歩を踏み出すのが苦痛に近い。 辛すぎて坂の途中で立ち止まり、春の柔らかな空を見上げた。 香澄の塞いだ気分も知らない青が広がっている。 あの空は、今、香澄のトートバッグの中に入っている薬の数さえも知らないのだ。 排卵誘発剤や、ホルモン剤、造精機能剤、当帰芍薬散など女性の悩みに関わる漢方薬といった、不妊治療に繋がる薬の数々を。 ふいにスマホが震えて、香澄はなんとか片手でジーパンの尻ポケットからとりだして画面をタップした。 彼氏の陽馬(はるま)からメッセージが入っていた。 16時に家に来てもいいという、香澄からの誘いへの返事だった。 それに了解の返信をして再びマンションへと歩き出す。 夕食を食べてシャワーを浴びるか浴びないかは知らないが、儀式をするのだから、しっかりエネルギーになる食材を激安スーパーで調達してきたのだ。 とはいえ、もうすぐ陽馬とも縁を切ったほうがいいのかもしれない。 何度も重ねた儀式も、その願いが叶わないのであれば意味はない。
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