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オフィスに戻ってりかに手を振って別れ、会議室へ資料を届けに香澄はフロアを出た。
しんとした廊下を歩く社員もなく、エレベーターホールに向かった時、ふと耳に湿っぽい音が届いた。
音というより、声。泣き声だ。
誰かがひっそりと押し殺して泣いている。
思わず香澄はその声がする方へとつま先を向けた。
声がするのはコツレサマ専用のトイレからだ。
しかも、そのすすり泣きは、かつて香澄がよく耳にしていた鼻にかかって変則的に高い音に切り替わるものだった。
「……紗英ちゃん、いるの?」
専用トイレにコツレサマではない香澄は入れない。
でも通り過ぎることもできず、香澄はそっとドアを開けて呼びかけた。
香澄の声がしたとたん、ぴたりと泣き声がやんだ。
「紗英ちゃん、大丈夫?」
もう一度声をかけると、奥の自動扉が開くのが見えた。
ふらりとよろけるようにして出てきた紗英は、ひどく顔色が悪く、やつれた様子で香澄を見た。
「……香澄先輩……」
つぶやくように言った紗英は、そのまま香澄の方に半ば駆けるようにして来て、香澄に飛びつくようにして泣き出した。
驚いた香澄は紗英が震わせる細い肩を抱くこともできずに、呆然と紗英を見た。
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