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下校中。
「あ、あの……」
「なんだい?」
「先輩、受け取ってください!」
「ありがとう」
下足箱の目の前にいる二人の男女の会話が、俺の耳に入る。
あれが本来のバレンタインデーというものなのだろう。
俺は肩を落としたまま、自分の靴箱を手にかけようとする。
(誰かの指紋がついている……)
つかさず俺は自分の靴箱から離れる。
「あんまり神経質にならないほうがいいよ。地球人って案外平和主義の人が多いからね」
俺の目の前を通り過ぎた雪がそう言った。
「ああ。わかった」
俺はそっと靴箱を開ける。
赤いラッピング袋と手紙が添えてあった。
「手紙?」
俺は手紙を開ける。
可愛らしい文字で「ちゃんと受け取ってね」と書かれていた。
柄にもなく何故か、俺の心が躍っていた。
「誰もいないところで食べたほうがよさそうだな……ここでは目立って仕方ない」
とりあえず学校を後にして、近くの公園のベンチに座る。
ベンチについた雪を払い、ゆっくりと座った。
俺は赤いラッピング袋を開けて、黒いチョコレートを口にした。
「苦い……」
そういえば昔、テレビで見たことがある。
カカオ50%やら70%やらのチョコレートが苦いという情報を耳にしたことがある。たぶん恐らくその部類のチョコレートなのだろう。
「明日、雪にお礼を言わないとな」
俺は口にチョコを運ばせ、味わうように噛みしめた。
そして、わかったことがある。
俺はバレンタインデーを勘違いしていたこと。
そして――
地球のチョコレートは苦かった。
火星のコーヒーのように。
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