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二月十四日。
学校は当然、バレンタインデーを楽しむために女子たちがきゃっきゃっと騒いでいる。
俺は教室の隅で缶コーヒーを一口飲み、チョコレートを貰うことを心の奥で願っていた。なにせ地球育ちでは無く、チョコレートを食べたことがないのだ。正しくそれに近いお菓子は口にしたことがある。
「地球の環境に恵まれたチョコレート、楽しみだ……」
思っていたことをつい、口にこぼしてしまっていた。
「お前、何してるの?」
隣の席に座っている男が話しかけてきた。
「見ればわかるだろ……」
俺は淡々と言った。
「もしかしてお前……チョコ貰えると思っているの?」
「ああ。みんなチョコを貰えるのだろ?」
「そういえばお前、地球育ちじゃなかったもんな。いいか? 教えてやる。バレンタインデーっていうのは好きな人や友達にプレゼントするのが――」
「好き放題言っちゃって!」
隣の席の男の話を遮り、空いた椅子を拾って俺の前に座った女子高生。彼女は雪。ざっくぱらんに説明すると髪の長い奇麗な女性だ。
そして元気な女性だ。
「おっ! もしかして俺に?」
「なに期待しているのよ。あんたにやるわけないじゃない!」
「そんなぁ~~。聡は悲しいな~~」
こいつの名前は聡。ちなみに俺は今知った。
「はいはい。そんな期待しているわけでもないくせに」
雪は俺に視線を変えた。
「でもこいつの言う通り、チョコって簡単にくれる日じゃないのよ。もし食べたかったらコンビニで買うことをお勧めするわ」
「おい、それは聞き捨てならない」
何故か、俺は食い下がってしまっていた。
「そもそもコンビニのチョコレートは自然で生まれたものではない。加工したものだ」
「それは……そうだけど……でも、みんなが持っているチョコは必ずしも手づくりじゃないし、ましてコンビニやらスーパーで買ってきたチョコをそのまま送る人だっているのよ。それに恋人とか彼女とか……そういう関係の人っている?」
「いや……いない」
「つまりそういうこと」
「そうなのか……」
俺は内心、バレンタインデーを失望した。俺にとって不利で――不条理で不確定なイベントだったということを。
「それでは意味がないな。ここはおとなしく家にエスケープするしかない」
俺は乏しい足つきで、教室を後にした。
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