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振り払っても振り払ってもそれは喘ぎ声と一緒に夏奈を追いかけてくる。
一瞬低い男のうなり声のようなものが聞こえた気がした。
男!男もいる!喘ぎ声の相手がいる。
この家に男なんて住んでないはずだ。
今、この家にいるのは……。
扉の向こうに消えた馴染みの後ろ姿。
まさか、亮と孔雀が?
吐き気がした。
孔雀はいくつだというのだ。
もう何年も前に生理があがっていそうな初老とも言える歳のはずだ。
吐き気の後に目眩が襲ってきたその時だった。
空気を切り裂くような悲鳴が聞こえた。
悲鳴とともに喘ぎ声は止まった。
そのあとの数分間がとても長く感じられた。
夏奈は石のように固まったままその場から動けないでいた。
居間で電話が鳴る音が聞こえた。
夏奈は飛び上がった。
よろけながら仏間を出ると居間へと走る。
電話の受話器を取る。
母だった。
「夏奈?」
いつもの滑舌のいい母の口調が間延びして聞こえる。
「お母さん」
夏奈は受話器を握りしめた。
「お母さん、お母さん」
途中から嗚咽になり喋れなくなった。
お母さん、どうしよう。亮が孔雀と浮気してた。
それでもって亮が孔雀を殺したかも知れない。
その前にお母さん、わたし亮を殺してしまった。
殺したのに亮が生き返ったの。
冷凍庫に亮はいるのに生きてるの。
お母さんどうしよう。
「夏奈あなた大丈夫?」
そんなこと母に言えるはずがない。
「だ、大丈夫だよ」
「どうしたのいったい」
「な、なんでもない、それより何?」
「うーん、ちょっと夏奈に話しておきたいことがあったんだけど、今日はいいわ」
まだ切らないでとすがりたかったが、それも言えず夏奈は母との電話を切った。
日に焼けた畳が夕日に照らされていた。
「夏奈」
いつ戻ってきたのか振り返ると亮が立っていた。
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