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それは、夏
いまだ都会に慣れていない千奈美は、太く低いヒールを引きずるように歩いた。全てを焼き尽くすような強い日差し。彼女は信号待ちでゆっくり空を見上げた。見事に雲の一つも見当たらない夏空。手の甲で噴き出した汗を拭う。
信号が青に変わり、動き出した人に半ば流されるようにまた歩き出す。熱い、と言いかけた彼女のポケットから突然、けたたましい音でスマホが鳴る。周りの大人がチラチラこちらを見るので、彼女は慌てて電話を取った。知らない番号だった。
そこから流れる言葉に、千奈美は時が止まったようなショックを受けて、流れを遮るように立ち止まった。先を急ぐ人々が、迷惑そうに彼女を追い抜いていく。彼女からはよく分からない汗が流れた。日差しのせいか電話のせいか、あるいはどっちもなのか。
「……熱い」
やっと口から出た言葉は、さっき言いそびれた言葉だった。
彼女の、父親との数年ぶりの再会場所はキレイな国立病院だった。疎遠になっていた父親は弱り切ってきて窓からの日差しで溶けそうな程だった。余命二ヶ月、長くても半年とのことである。
「お父さん……久しぶり」
「……そうだな」
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