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親しき仲にも礼儀あり
今でもあの時の出来事を思い出すと、寒風荒ぶるなかにも関わらず裸足で全力疾走し、逃げ出したくなるほどの恐怖に襲われます。これは私が経験したあまりにもおぞましい出来事の話です。
その日自宅で探し物をしておりました、その探し物がなんだったのか今では思い出せないほど些細な探し物です。机から押入れ、床に散乱していた漫画の群れの中も探しました、けれど見つからず、代わりにふと目に止まるものがあったのです。友人から借りたままになっていたDVD。当時流行した映画なのですが、今ではもっぱらそのタイトルすら聞かなくなり流行に流されていったもののひとつ。時刻を見ると夕方六時三十分、返しに行ったとしてもまだまだ失礼には当たらない時間です。友人とは幼馴染でもあり僕の家から五分歩いた程度にある場所なのですから、さほど気にもせず行ける範囲にあります。気づいたのにも関わらず、借りたままというのも後味が悪く、僕は早速そのDVDを手に友人の家へと行くことにしました。冬の時期というのは日が落ちてしまうのも早く、あたりは暗く街頭がぽつりぽつりとついているだけです、外に人もおらず、寒さのせいで身をすくませながらも履きなれたスニーカーで足を進めて、友人宅へと辿り尽きました。インターフォンを押すと女性の柔らかい声が聞こえ、間もなく扉は開かれました。友人の母親です、彼女に友人に借りたままになっていたDVDを返しに来たと告げると、遠慮せずに上がってほしいと言われ家の敷居を跨ぎました。僕としてはDVDを返してしまえば別段友人とは会えなくてもよかったのですが、気のよい友人の母親に断りを入れるのも悪い気持ちがして、慣れた足取りで友人の部屋へと向かいました。その時に友人の部屋ではなく、その手前にある妹の部屋から光が漏れて、うっすらと扉が開いていることに気づきました。妹とも幼馴染であり、兄弟のいない僕にとって、彼女は自分の妹のような存在でしたので、せっかく来たのだから挨拶くらいはしておこうとなんとなしに扉を開きました、いくら兄妹のようなものと言っても、女性の部屋を無断で開けてしまうなど今思えばよくなかったこ
となのだと思います、けれどその時にはそのようなことを考えもしなかったのです。片手を挙げて挨拶をしようとしたところで、僕の体は固まりました。そこには、あまりにも恐ろしいものがあったのです。きつきつのセーラー服を中途半端に身に着けて、姿見鏡の前でポーズをとっている、身長が高くガタイのよい、濃い顔の男。そう、僕の友人がそこにいたのです。僕はあまりのおぞましさにぞっとして鳥肌が全身に総毛立ち、叫び声をあげながら靴も履かずに外へと飛び出したのです。今でも思い出すとあまりのおぞましさに体が震えます。
「こっ、こえぇぇえぇええええええっ!!」
「ぞっとした、ぞっとしたっ!!」
「戸田先輩にそんな趣味が」
俺の文章を読んだ同じ小説サークルに属しているメンバーが叫び声を上げた。後輩のひとりなんて体を小さくしてそんなの嘘だとぶつぶつ言いながら震えている。俺なんて文章じゃなくて本物をこの目で見てしまったんだから、これくらい怖がってくれなければ書いた意味がない。だが1人だけ、この話に目を通したものの黙りこんでいるやつがいる。うん、まあそうだよな。こんな俺の文章で自分の趣味が発覚してしまったのだ。せめて笑い話に昇華させてやろうという俺の配慮だが、もしかしたらずれていたかもしれない。怒らせたか?泣くことはないと思うが。
「違うだろ。コレはホラー小説なんかじゃない」
「え、つっこむ所そこ!?」
幼馴染はダメージを食らった様子も、笑いにする様子もなく真面目腐った表情でそんなことを言い出した。
「いいか、俺たちはいま来るべき学園祭に向けて同人誌なる合作本を作っている最中だ。そして、今回の題材はホラーっ!!ホラーなんだっ!!これはホラー小説じゃない!!」
ばしばしと俺の書いた作品が入っているタブレット端末を机に叩き付けながら説明する。
「ちょっ、壊れる!壊れる!!」
慌てて静止の声をかける。罅が入ったらどうしてくれる。これはもしかして怒ってるのか。
「いや、先輩、これ十分なホラーすよ。……ノンフィクションっすよね」
後輩が恐る恐る俺の顔を見てきたのでもちろんだと頷く。
「いいや、これは違う。これはホラー以前の問題、最悪の駄作だ」
戸田は笑顔で端末をもう一度力強く叩きつけ、液晶に罅が入った。やっぱり怒ってる!!!
この後、学校が終わった後戸田の家のへと行き、全力で土下座をし、カニがふんだんにあしらわれたLサイズ宅配ピザで許してもらった。データは抹消され、俺の悪意あるフィクションとなった。俺が教訓を得たことはひとつ「親しき仲にも礼儀あり」
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