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木村先輩の声を聞いた夏目さんは、僅かに口角を釣り上げると、小馬鹿にしたような笑みを浮かべ、
「確か、入社三年目だったかな、ショコラティエである木村康平くん。
見かけによらず、勤務態度も真面目で仕事熱心だと、君の上司である小日向さんからも聞いている。おまけに、後輩思いの頼りになる優しい先輩のようだ……。
まぁ、それはさておき。チョコレートのテンパリングをするにあたって、一番重要なことはなんだと思う?」
木村先輩へ質問を投げかけた。
急に、美味しいチョコレートを作るために欠かせない工程のことを持ち出してきた、夏目さんの意図が分からなくて、木村先輩も私も首を傾げるしかない。
そんな私の隣で夏目さんを見据えている木村先輩は、
「温度だと思いますが……。都合が悪くなったからって、話をすり替える気ですか?」
小馬鹿にされた挙句、はぐらかされてしまったため気分を害したようで、酷く苛ついたような声を返した。
そんな木村先輩の言葉なんてものともせずに、インテリ銀縁メガネ仕様の夏目さんは、
「確かに、温度は重要だ。
だが、水分が入らないように気を配るのも、同じくらい重要なことだと聞く。
各部署や人によって、やり方も随分と変わってくるのは当然で……。傍から見れば、無駄だったり、可笑しく見えてしまうことも、あるかもしれない。
それでも、他部署の者が、知った風な口ぶりで、しかも目上の者に対して、水を差すのは如何なものかと思う。
これは、組織の中にいる者にとって、とても重要なことだ。君も組織の一員なんだ、きちんと弁えておくといい」
他部署である木村先輩を黙らせるには充分な、もっともらしい言葉で、簡単に説き伏せてしまったのだった。
それは、それは、見事なまでに鮮やかに……。
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