それぞれの思惑~後編~

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「虫ですかねぇ?」 「……あぁ、うん」 「それより。 どうして副社長だなんて思ったんですか?」 「あぁ、まぁ、急に秘書室に異動しちゃったしさぁ、なんとなく。まぁ、でも、そうだよねぇ?  まさか副社長の訳ないかぁ」 「はい。そうですよー」 さっきまで一人焦っていた私のことなんて知らないで、ハハハッなんて呑気に笑っている木村先輩。 気を抜いてしまってた私がホッとしながら相槌を返していると。 「あー、副社長といえばさぁ。 俺まだ入社してなかったからよく知らないけど。五、六年前つってたかなぁ?  結婚秒読みって言われてた恋人が居たらしいんだ。 でも、小日向さんとか古株の人に聞いてもみんな黙っちゃって、教えてくんないんだよ。箝口令(かんこうれい)っていうのかなぁ? そういうの、余計気になっちゃうんだよなぁ。秘書室で何か聞いたことない?」 そう聞かれても、そんなこと聞くのも初めてだし。 確かに、いくらアレのことがあるって言ったって……。 もうすぐ三十三歳になる副社長に、今まで浮いた話の一つや二つ、いやいや三つや四つどころじゃ済まないくらいの話があったって不思議じゃない。 インテリ銀縁メガネに扮した夏目さんのゲイを匂わすカモフラージュだって、アレになっちゃった後のことのようだし。 いくら傍若無人なところがあるといっても、見た目は王子様のようにあんなに完璧なのだ。 それに、裏があるにせよ、優しさ全開で攻められたりしたら、私じゃなくても、いちころだろう。 その優しさが、裏のない、本当に好きな恋人へ対して向けられたものだとしたら、威力はこんなもんじゃ済まないだろうし。 「……まだ、異動したばかりだし。私は、聞いたことはないです」 木村先輩から聞いた、五、六年という年数といい。 副社長のアレがあーなってしまったのも五年程前だという。 いくら単純な私でも、これが単なる偶然だなんて思えない。 きっと、副社長のアレには、結婚秒読みだったらしいその恋人が関係しているのだろう。 木村先輩には、なんにもないように答えてはいたものの……。 副社長のアレがあーなっちゃた原因が、もしかしたら、その恋人のせいかもしれないということが、ただただショックでしかなかった。
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