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耳に流れ込んできたとはいっても、一瞬のことだったし。
もしかしたら、私の聞き間違いかもしれない。
何か違うことを言ったのが、そう聞こえただけかもしれないし。
もしかしたら、私のことを呼び間違えたのかも知れない。
……なにせ、寝言なんだし、きっとそうに違いない。
そう思い込もうとしていた私の身体は、副社長によって強い力で、力一杯抱き寄せられていて。
「美優」
今度は、しっかりとした声で紡ぎだされた言葉は鮮明なもので。
おそらく、夏目さんの妹である『美優』さんのことなんだろうと思う。
私の身体を軋むほど強く抱きしめている副社長の腕の強さは、どんなことをしてでも離さないという想いを表しているようで。
切なげに呼んだ『美優』さんのことを副社長が、どれほど想っていたかを思い知らされた気がした。
こんなに副社長の近くに居るのに、強く引き寄せられればられるほど、副社長が遠くに行ってしまったような、そんな気がしてくる。
……でも、副社長が遠くに行ってしまった訳じゃないのだ。
私が勝手に、近づけたなんて、おこがましすぎる勘違いをしてしまってただけなのだから。
……だって、初めから、近づけてなどいなかったのだから。
夏目さんが前に言ってた、妹の美優さんが亡くなったのが、確か六年前だと言ってた筈だ。
木村先輩に聞いた副社長の元カノの話も、五、六年くらい前のことだと言ってた。
それに、元カノに関しては、箝口令がどうとかって言ってたし……。
きっと、愛する恋人を病気で亡くしてしまった副社長のことを、そっとしといてあげるための配慮だったに違いない。
それぞれ別の人からバラバラに聞いていたことが、まるで点と点とが線で繋がって、まさかこんな形で繋がってしまうなんて思いもしなかった。
――そうか、そうだったのか。 全部、辻褄が合っちゃうじゃないか。
そこまで考えが及んだ途端、まるでダムが決壊したみたいに、とめどなく涙が溢れだして止まらなくなってしまった。
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