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そんな私の隣では、私の声にいち早く反応を示した要さんが、
「……あっ、あぁ。昨夜は会食のある料亭に会社から社長と一緒にこの車で同行したから、その時にでも落としたんだろう」
何やら慌てた様子で、早口にそう言ってきたかと思えば。
私の手に乗せたピアスを摘まみあげて受け取りながら、
「なぁ、夏目、そうだったよなぁ?」
まるで、夏目さんに、口裏でも合わせるようにそう言って、言葉を投げ掛けた要さん。
一方の夏目さんはというと……。
エンジンをかけて今まさに車を発進させようとしていたため、急に何を言われたか掴めなかったようで。
「……んぁ!?なんか言ったか?」
後部座席の要さんへルームミラー越しに視線を投げ掛けてきた夏目さんが、要さんに訊き返してきて。
「社長のピアスが座席に落ちてたようだ。きっと昨夜、料亭に同行した時に落としたんだろうと思う。悪いが秘書にでも渡しといてくれないか?」
要さんの言葉を聞いた瞬間、一瞬だけ怪訝そうな表情を見せたものの、すぐに、
「……あぁ、うん、そうそう。昨日は社長と同行したもんなぁ……。了解、了解。社長の秘書の明石さんに渡しとく」
いつもより若干軽さの増した明るい口調で要さんに言葉を返し、後ろ手に伸ばした手にピアスを受け取った夏目さん。
最後におちゃらけた声を放った夏目さんの、
「はーい、かしこまり~」
という間延びした声が響くなか、二人のやり取りに、私はなにやらスッキリしないものを感じてしまい。
――ダメだダメだ、なんでもかんでも静香さんに結びつけちゃ。
きっと、気の所為に違いないんだから。
私はまた疑心暗鬼に陥りそうな自分に、必死になって言い聞かせた。
そんなことに夢中になっていた私は、隣の要さんから、
「美菜、実は昨夜、美菜に速く会わせるように社長に催促されて。美菜の体調が大丈夫そうなら、この週末にでも社長に会ってもらおうと思ってるんだが……。どうだろう?」
不意打ちでそう訊ねられて。
「……あっ、はいっ。だ、大丈夫だと思います」
「そうか、分かった。じゃぁ、母親にはそう伝えておくが、体調が優れないようなら、当日でもいいから無理せず言って欲しい。母親からもそう言われてるしな」
「はい。ありがとうございます」
要さんのお母さんである社長とのいよいよのご対面に、頭がいっぱいになってしまい、さっきのピアスのことなんて、頭からすっぽりと抜け落ちてしまっていた。
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