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虎太郎さんに、半ば強引に冷酒を注がれた、もう何杯目かも分からないそのグラスを、どこかヤケクソ気味に一気に煽る様子が、私の目に飛び込んできて。
それは、私が要さんと静香さんとのことを知っているから、そういう風に見えてしまうのかもしれないけれど……。
いつもと違って、冷静さを欠いたように見受けられる要さんの姿を目の当たりにしてしまった私の心中は、当然のことながら、穏やかじゃなかった。
こうして、要さんの婚約者である私と、元カノの静香さんとが、同じ空間に居合わせているという、なんとも微妙なこの状況下で、しばらくは何事もなかったのだけれど……。
少しして、私の視界の隅で、要さんがよろけながら立ち上がる気配がして、どうしたのかと目で追おうとしたところ、私の傍に寄ってくるなり、
「美菜、悪いが、少し奥で休みたいんだが」
そう伺ってきた要さんの、脚どりが覚束なくて。
心配になった私が一緒に行こうと、
「要さん、大丈夫ですか?私が一緒に」
そこまで言って、立ち上がろうとしたところに。
「美菜さんは雅さんや麗子さんと一緒にこれからのことを話してらして? 私、ちょっと電話入れたいところがあるから、ついでに様子見ておきますから。大丈夫よ。安心なさって」
そう声をかけられたものの、要さんと静香さんが一緒にと思っただけで不安で仕方ないから、
「……えっ!? でもっ」
慌てて立ち上がろうとした瞬間、
「あら、美菜さん。要のことを心配してくださって、要ったら愛されてるのねぇ……。
でも要なら大丈夫よ。いつもお父さんに呑まされてあーなっちゃうけど、休んでたらすぐ酔いもさめるから。ここは静香さんにお任せしましょう。ね?」
隣の麗子さんにそう言って、やんわりと手を引き寄せられて。
その間に、さっき襖をあけ放ったはずの要さんの姿は、もう見えなくなっていた。
おまけに、
「それより、母さん。一体いつになったら弟である僕のことを美菜さんに紹介してくださるんですか?」
虎太郎さんの傍で料理をつまんでいた、要さんの弟である隼さんまで加わってしまい。
行くに行けなくなってしまった私は、
「じゃぁ、静香さん、お願いね~」
「はい。行ってきます」
にこやかに麗子さんと言葉を交わして、襖の向こうに去っていく静香さんの背中を、気になりながらも、黙って見送るしかなかった。
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