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けれど、『藤木先輩』と言われても、誰のことを指しているのかも分からないし。
どうしてなのかは分からないけど、雰囲気からしても、言葉からしても、どうやら私のことを貶しているらしい隼さん。
そうと分かっていても、そんなことを言ってきた隼さんの意図が全く掴めないから、一体どう答えればいいのかが分からない。
そんな私は、アイドル並みのにこやかな微笑で私のことをジーッと見つめてくる隼さんのことを、困惑気味に首を傾げて黙り込むことしかできないでいたのだけれど……。
「美菜さんはご存知ないようですが……。藤木先輩っていうのは、以前美菜さんが、うちのショコラティエにお持ち帰りされそうになった時に、兄さんと夏目さんに助けてもらった、例のバー"Charm"のオーナーである、藤木裕次郎さんのことですよ。
兄さんの中学からの親友で、同じ学校に通っていた僕にとっても、中学高校の先輩になるんです。
だから、別に聞きたくないことでも、色々と、耳に入ってくるという訳です。勿論、静香さんのことも」
「……」
相変わらず、アイドル並みのにこやかな微笑を崩さない隼さんの、緩やかな弧を描いている優しげな表情とは違って。
なにやら意味ありげに、ずいぶんと含みを持たせるような、意地の悪い言い種だ。
そんな隼さんを前に、私は、静香さんのことよりも、要さんと交わしてた契約のことが真っ先に浮かんできてしまい。
――まさか、契約のことまでは知らないよね。大丈夫だよね。
自分に言い聞かせつつも、不安で堪らない所為で、黙り込むことしかできないでいる私に、
「美菜さん、顔色が優れないようですが。大丈夫ですか?」
今後は、にこやかな微笑同様、優しい言葉をかけてくれる隼さん。
「……はい。大丈夫です」
とは、返したものの……。
どうやら、要さんと静香さんとのことも知ってる風な隼さん。
何でもお見通しだと言わんばかりの隼さんの様子に、私はまるで、針の筵にでも座らされているような心持ちだ。
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